運動器慢性痛診療の手引き
編集 | : 日本整形外科学会運動器疼痛対策委員会 |
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ISBN | : 978-4-524-26913-6 |
発行年月 | : 2013年10月 |
判型 | : B5 |
ページ数 | : 190 |
在庫
定価3,740円(本体3,400円 + 税)
正誤表
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2013年10月28日
第1刷
- 商品説明
- 主要目次
- 序文
- 書評
局所の組織由来ではない運動器の痛み、特に神経経路や記憶、精神面などに影響を受ける慢性痛、修飾された痛みの解明と対策について、さらに、これまで整形外科医が使ってこなかった中枢系に作用する薬剤の使い方などについて、日本整形外科学会運動器疼痛対策委員会の成果をまとめたマニュアル。
I 運動器慢性痛の対応の基本
運動器における痛みとその対応
1.痛みと痛み行動
2.慢性痛の診断・評価のポイント(急性痛との相違)
3.画像診断学的評価
4.精神心理的要素の評価
5.ゴール設定と治療方針
6.薬物療法とその選択
7.運動療法やその他の保存療法
8.生物心理社会的な因子や適切な対応の重要性
II 疫学・基礎・痛みの種類
1 運動器の痛み・しびれ
a 1万人規模の全ランダム抽出サンプルによる研究結果
1.運動器の慢性痛の定義とその実態
2.慢性痛の治療の実態からみた問題点
3.運動器の慢性痛が日常・社会生活に及ぼす影響からみた問題点
b 事故や手術関連の疫学
1.生活環境・状況・事故と痛み
2.しびれ・痛みの疫学(地域、手術との関係)
2 痛みの神経生理
1.痛みの発生
2.痛みの伝導
3 治療に必要な痛みの分類
1.侵害受容性疼痛、神経障害性疼痛と心理社会的要因が影響する痛み
2.急性痛と慢性痛
3.がん性疼痛と非がん性慢性痛
III 運動器慢性痛にみられる問題点
1 なぜ治らないのか考えてみよう
2 慢性痛がもつ問題点
a 心理的問題(要因と対処)
1.心理的因子の関与
2.疾病利得とオペラント条件付け
3.心理的因子の評価
4.脳機能への着目
5.心理的問題を有する場合の対処
6.治療のゴール設定
b 運動器の廃用と筋変化・萎縮
1.サルコペニア
2.廃用症候群
3.廃用性筋萎縮の分子メカニズム
c 姿勢異常による痛み、筋骨格系への過負荷
1.矢状面アライメントのパラメータ
2.矢状面アライメントの正常値
3.各種パラメータの相互作用と代償機構
4.矢状面バランス不良
5.脊柱アライメントと腰痛
6.脊柱アライメントと頚部痛
d 神経系機能変化や神経系での記憶と痛みの慢性化
1.疼痛発生源の機序と変化
2.後根神経節での変化
3.脊髄での変化
4.脳での変化
e 手術療法にみられる課題と対応
1.疼痛疾患に対する手術の意義と術前の説明
2.術後の慢性痛とそのメカニズム
3.術後疼痛への対応
f 運動器慢性痛と内科疾患
1.運動器慢性痛の原因となる内科疾患
2.代表疾患の痛みの成因および特徴と問題点・治療
IV 運動器慢性痛への対処
1 ゴール設定と治療法の選択
2 慢性痛患者の評価
1.慢性痛で一般的に用いられている心理検査
2.心因の考え方
3.テストバッテリーの内容
4.実際の適用法
3 薬物療法
A 薬物選択の基本
a 薬物の種類
1.末梢神経・組織に作用する薬剤
2.脊髄および中枢神経系に作用する薬剤
b 非オピオイド鎮痛薬
1.消炎解熱鎮痛薬
2.ステロイド
3.鎮痛補助薬
B オピオイド
1.オピオイドとは?
2.各薬物の種類と特徴、選択の基準と適応および使用法
3.副作用とその対策
4.使用上の注意・禁忌・ピットフォール
C 漢方
1.診断法
2.運動器疾患による疼痛治療の実際
4 運動器慢性痛における運動療法の原則と実際
1.運動療法の原則
2.運動療法の種類
3.運動療法の実際
5 しばしば行われる侵襲的治療
1.各種ブロック療法
2.その他のブロック療法
3.脊髄電気刺激療法
4.文献から考える有効性
6 手術療法の種類と適応
1.腰部脊柱管狭窄症
2.腰椎椎間板ヘルニア
3.脊椎椎体骨折
4.慢性腰痛
5.頚椎症性脊髄症
6.頚椎症性神経根症
7.頚椎椎間板ヘルニア
8.頚椎後縦靱帯骨化症
9.転移性脊椎腫瘍
10.変形性膝関節症
11.変形性股関節症
7 慢性痛へのチームアプローチ
1.チームアプローチと集学的治療
2.チームの構成と運営
3.MPTで基盤となる生物心理社会モデル的考え方と進め方
4.MPTにおける心理社会面の分析・対応と運営上の課題
V 疾患各論
1 非特異的腰痛
1.非特異的疼痛とは?
2.頻度、予後
3.病態、臨床像
4.診断
5.治療
2 椎間板ヘルニア
1.椎間板ヘルニアとは?
2.頻度、病因
3.臨床像
4.診断
5.治療方針
6.合併症と予後
3 機能性疼痛症候群と線維筋痛症
1.機能性疼痛症候群を含めた痛みの分類について
2.線維筋痛症とは?
3.線維筋痛症の頻度・予後
4.線維筋痛症の病態・臨床像
5.診断
6.治療
4 スポーツ障害および外傷による痛み
1.スポーツ障害・外傷とは?
2.頻度、予後
3.病態、臨床像
4.診断
5.治療
5 腱付着部炎
1.腱付着部炎とは?
2.頻度、予後
3.病態
4.診断
5.治療
6.まとめ
6 頚部痛、外傷性頚部症候群と脳脊髄液減少症
1.病態、臨床像
2.診断
3.治療
7 複合性局所疼痛症候群
1.疾患概念
2.評価
3.治療指針
索引
医療においては、従来よりその主たる目的は、致命的な疾患や重篤な疾患の治療であった。特に平均寿命が短い時代には、何よりもこのような目標を遂行することが医療の使命であった。そのため、古くから、痛みは病気の一部分症状としてとらえられ、「痛みで死ぬわけではない」という発想があり、痛みそのものが治療の重点に置かれるようなことは少なかったように思える。
しかし、今や平均寿命は古稀を超え、喜寿を超えるような時代になった。唐の詩人である杜甫が「人生七十年古来稀なり」と詠った古稀はもはや多くの人が通過する一通過点に過ぎない。その結果として長寿とともに老化、生活習慣病、がんに伴う痛みが問題になり、以前とは違って「痛みで死なない」からそれ自体が問題になってきた。
痛みの社会的影響は、疼痛治療のための医療費の増大や、勤労できないための経済的損失など非常に大きいものである。日本における疾患による経済的損失は、在日米国商工会議所の報告によると、年間で3兆3,600億円と試算され、疾患の種類では精神疾患に次いで多かったのが疼痛であり、年間3,720億円の損失と言われている。また一方、痛みの個人的影響については、運動不足によるロコモティブシンドロームの増加、自殺率の上昇、うつ状態、家族関係・人間関係の破綻などが問題になってきている。
このような状況の中で、人類史上飛躍的な寿命の延びが、人生の苦痛時間の延長、社会負担の増加につながらないようにしようとする社会的な動きが現れ始めた。米国議会では、「Decade of Pain Control and Research」を2001年に採択した。世界的にも痛みの問題を多面的にアプローチしようする機運が芽生え、現在では各国で疼痛治療に対する医療政策が活発化してきている。
わが国においても、がん対策基本法によって、がん患者の痛みの緩和への対応の法制化が進んだ。また、がんの痛みとともに、慢性痛も大きな社会問題になってきている。慢性痛の頻度は、多い報告では全人口の30%、少ないものでも11%と報告され、一般的には男性より女性に多いと言われている。2009年からは厚生労働省による「慢性の痛みに関する検討会」が設置され、慢性痛に対する医療体制、教育、情報提供、調査・研究など多方面からの検討がなされてきている。多くの疫学調査では、慢性痛の好発部位は、腰、肩、膝、頚、頭の順に多く、頭痛を除けばほぼ運動器の疼痛である。特に元気で活動的な高齢者が増えている社会状況の中では、運動器の痛みの問題は、ますます重要になってきている。
この「運動器慢性痛診療の手引き」は、まさに時宜を得たものであり、痛みの治療に関わるすべての人の診療の一助になることを願い企画し、発刊した次第である。
2013年9月
日本整形外科学会 運動器疼痛対策委員会
担当理事 田口敏彦
今、慢性疼痛が世界各国で大きな社会問題になっている。欧米諸国では国家的プロジェクトを立ち上げて、その病態解明と治療に取り組んでいる。わが国でも最近この問題に関心が高まり、研究会や学会が真剣に取り組みを始めたところである。政府も重点研究の対象に取り上げるまでになってきた。
なぜ、今、慢性疼痛が問題になってきているのであろうか。そして、なぜ、今、整形外科医がこの問題に真摯に取り組むことを求められているのであろうか。
ここ10年から15年、痛みの病態が急速に解明されてきた。従来、慢性疼痛は急性疼痛がたまたま慢性化した結果であるというとらえ方が一般的であった。また慢性疼痛を、単に“気のせい”とか、あるいは“心因性”と片づけてしまっていた。われわれは、慢性疼痛を科学として真正面から取り組むことを避けてきたというのが実態である。
近年の疼痛科学の発達は、疼痛の増悪や遷延化には、従来われわれが認識していた以上に早期から、心理・社会的因子が深く関与していることを明らかにした。すなわち、急性疼痛が慢性疼痛に移行するには、必然的な関与因子がそこに存在しているのである。その結果、たとえば腰痛の場合、「生物(解剖)学的異常」から「生物・心理・社会的疼痛症候群」へ、“腰がわるい”ととらえる「器質障害」から目にみえない機能を含んだ「器質・機能障害」へと概念が変化した。言葉をかえていえば、「椎間板が痛みを起こしている」から「椎間板を痛めている人が痛みを訴えている」という考え方の変化である。
運動器の疼痛は、結果的に活動(運動)量を低下させてしまう。この「動かないこと」が人間の健康に深刻な影響を及ぼしていることが近年明らかになってきた。人間(ヒト)の生存や健康は動くことを前提に成立しているのである。最近の知見によれば、体を動かすことは、寿命、筋力、睡眠、末梢動脈疾患(PAD)、老化、骨折、喘息、癌(特に乳癌)、認知機能、末梢神経、心血管、糖代謝、言語機能、線維筋痛症、骨粗鬆症などの予防や改善に重要であることが証明されつつある。
しかも運動は、生活習慣病の発症に関与している炎症の発生や免疫機能に関係していることも明らかになった。これらの働きが、前述したさまざまな病態や機能障害にさまざまなかたちで関与しているのである。
このような疼痛の病態解明の発達に伴って、運動器のプロである整形外科医も治療の概念を少しかえる必要がある。それは、治療の目標である。疼痛を消失させることが治療の目的ではない。日常生活を不自由なく行えるようにすることが治療の目的である。すなわち疼痛の除去は、治療の目的ではなく、手段である。
こう考えると、国民の健康のみならず政府の医療経済の対策を考えるうえで、国民や政府がわれわれ整形外科医に寄せる期待は大きく、責務は重い。
現在わが国の第一線で疼痛の診療に従事している医師が、このような時代背景のもとに本書を執筆して刊行した。本書の刊行は時宜を得ており、かつ意義が大きい。その構成は、基礎から実践までを網羅している。文字どおり痛みの「手引き書」である。価格も高くない。専門家には痛みの研究の最前線の確認に役立ち、痛みを取り扱う医療従事者は痛みの診療のすべてを学べる。
次は、国民に向けた痛みに対しての真っ当な啓発書の刊行である。それは、運動器のプロである整形外科医の国民に対しての責務であり、約束である。
臨床雑誌整形外科65巻3号(2014年3月号)より転載
評者●福島県立医科大学理事長兼学長 菊地臣一