脊椎外科書
著 | : 清水克時 |
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ISBN | : 978-4-524-26769-9 |
発行年月 | : 2013年3月 |
判型 | : A4 |
ページ数 | : 156 |
在庫
定価8,250円(本体7,500円 + 税)
- 商品説明
- 主要目次
- 序文
- 書評
脊椎外科診療における初診から診断、治療方針の立て方、手術の実際まで、「考えなければならないポイント」を脊椎外科の第一人者である著者の多くの経験に基づいて実践的に示した。特に手術に関しては、症例を豊富な写真や図を用いて多数紹介し、著者の経験から知り得たコツを詳述。脊椎専門医を目指す若手から脊椎診療に携わる非専門医まで、臨床で指針となる実際書。
脊椎外科総論
脊椎外科各論
1.脊椎インストゥルメンテーション
2.術後脊椎感染症
3.脊椎感染症
4.頸椎変性疾患
5.胸椎椎間板ヘルニア
6.腰椎椎間板ヘルニア
7.腰椎分離症
8.骨粗鬆症性椎体骨折
9.脊髄外科
10.側弯の手術
11.関節リウマチ
12.脊椎腫瘍
あとがき
索引
単著で脊椎外科の教科書を書かないかというお誘いを、南江堂さんからいただいたのは2007年のことでした。大谷清先生の名著『脊椎の手術』(医学書院、1981)以降、脊椎外科の単著の書物があまりない。単著の特徴を生かして、私が経験に基づいて考え、工夫してきた脊椎外科の基本、脳裏に焼きついている場面の一つひとつをできるだけ正確に伝えるような書を出版してはどうかというお誘いでした。大谷清先生の『脊椎の手術』は、1987年、私が脊椎外科の修練を始めたとき、最初に買い求めた、優れた手術の教科書です。大谷先生は脊椎カリエスの手術にご造詣が深く、前方手術についてたいへん良く書かれていました。私が脊椎外科を志したときにお世話になった教科書の後に続くような書物を執筆できるというチャンスに私の心は躍りましたが、その後、私のスケジュールは自分の意のままにならないくらい忙しくなってしまいました。
2005年に就任したSICOT(国際整形災害外科学会)日本代表の仕事で、海外にでかける機会が増え、さらに2007年には2010年開催予定の第7回日米加欧整形外科基礎学会合同会議の会長に選任されました。しかもこの学会は地元の岐阜ではなく、京都で開催するということもすでに決まっていました。2008年香港で開催されたSICOT総会で、WHOの国際疾病分類第11版(ICD11)改訂に、筋骨格系の項目を入れるように提言したのをきっかけに、WHO ICD-11改訂委員会筋骨格系副責任者にも就任し、海外出張の回数が飛躍的に増えました。その間、私は岐阜大学で脊椎の手術を継続しました。このために、教室員、脊椎班の若い先生たちに多大な負担をかけました。さらに、2008年に韓国の済州島で開かれたAPOA(Asia Pacific Orthopaedic Association)Spine & Pediatric Sectionsで、3年後の2011年の学会開催に向けて、脊椎部門の会長に指名されました。結局、これらの国際的な任務が一段落するまで執筆の時間はとれなくて、あっというまに4年が過ぎてしまいました。
しかし、国際学会の任務が解け、SICOT日本代表の任期も終わって、時間の余裕ができた2011年にはふたたび執筆の意欲が湧いてきました。2013年春の退官までに、若い人たちに伝えたいメッセージを書物にしておこうとメモを書き溜めました。教室だけでなく、各地の先生方から相談を受けたり、出張手術に呼ばれたりしながら、たくさんの人々と議論しました。そして、その議論の中で浮き彫りにされた論点をまとめる作業を続けました。2011年のAPOA学会開催の直前に起こった東北の大震災も執筆の意思を固める契機となりました。そして、2012年春、久留米で開かれた日本脊椎脊髄病学会の会場で南江堂の方にお会いして、改めて私から本書の出版を提案させていただきました。
この書物によって目指したのは、
(1)脊椎外科の本質の理解
(2)病態把握の思考過程とそれに基づく治療戦略の基本
(3)治療方針の立て方、実施にあたっての心構え
(4)いわく言い難い手術のコツ、合併症への対応など
臨床に対する私自身の考えが脈打つ、実際に役立つ書物を心がけました。その結果、必ずしも網羅的ではない本書ができあがりました。
大谷先生の時代から世の中はずいぶんと変わりました。補助診断や脊椎手術の技術的な進歩のほか、EBM(evidence-based medicine)、患者志向、インターネットの普及が大きな相違点です。患者中心の医療が広がるにつれ、主観的な痛みを評価したり、患者立脚型アウトカムとしてのQOL(生活の質)を測定する物差しがいくつか登場し、疫学的な検証を受けて使われるようになりました。また、治療法の選択に患者の意思が重要であるという考えも定着しました。今風の言い方をすると、この本はエビデンスレベル分類でLevel6、専門家個人の意見にすぎません。整形外科の治療は、患者の職業やライフスタイルによって異なります。科学ではない部分が大きく存在します。科学ではない部分をすべて網羅することはできませんが、少なくともそのような問題が存在することをこの書物で示すことができればと思います。
筆者のバイアス Author's Bias
私は現在脊椎外科を専門にしていますが、脊椎専門医としてのスタートはふつうよりも遅く、卒業後14年目(39歳)のときでした。遅いスタートのために、脊椎外科の一般的な常識に染まらず、いささか違った考え方を持っています。1987年(39歳)から四方實彦先生の下で2年間に314例の脊椎脊髄手術の第1助手を勤め、修練を受けました。それ以前は一般整形外科の臨床研修、4年間の大学院と1年半の米国留学の計5年半を基礎研究に従事し、臨床では手の外科、マイクロサージャリーに興味を持って診療を行ってきました。脊椎外科に転向してからも、手術用顕微鏡は多用しています。四方先生の助手を2年間勤めた後、1989年に京都大学整形外科の脊椎外科チーフとなり、助手と計2名の常任メンバーで脊椎外科の専門診療に携わりました。6年間に809例(年平均135例)の脊椎手術を行いました。当時、京都大学整形外科における専門診療班は、脊椎のほかに、関節、腫瘍、手の外科、スポーツ、リウマチがあり、それぞれ2〜3名のメンバーに研修医や医員がローテーションで加わるという形をとっていました。1996年(48歳)に岐阜大学に着任してからもほぼ同じような人員配置で、教室全体で整形外科の各専門分野を広くカバーしています。岐阜大学における私の脊椎手術数は、大学と関連病院を合わせて、1996年から8年間に1,000例を2〜3人の脊椎班常任メンバーで経験しました。最近は私が執刀する数は減りましたが、2,400例を超えています。初期診断や保存的治療の大部分は、開業医や患者の住居地の病院勤務医にお願いしていますが、これまで私が受けた一般整形外科の臨床経験により、手術に至るまでの流れや、術後の後療法について十分理解し、気心の知れた整形外科医ときめ細かな病診連携を行うことで、トータルな診療ができると考えています。私の整形外科のキャリアのうち、現在脊椎専門医として診療していく上で重要と考えている要素は4つあります。@一般整形外科の十分長い研修、脊椎疾患の保存的治療の経験、A短期間に受けた多数の脊椎手術の集中的修練、Bマイクロサージャリー、C基礎研究、の4つです。私のように回り道をとると、脊椎専門医として一人立ちする時期が遅くなり、早い時期から脊椎手術に専門化しようとする外科医に遅れをとると思われるかもしれません。しかし、専門家はつねに広い視野に立つことを心がけ、偏った考えに陥らない努力が必要であると私は考えています。教室では、脊椎、関節、腫瘍、手などsubspecialityのカンファレンス以外に、全員が集まる整形外科全体のカンファレンスが毎週あります。脊椎外科医以外の意見を聞き、他のsubspecialityの考え方を取り入れることは、独善に陥らないために大変重要なことです。
私が尊敬するアメリカの発明家・思想家のバックミンスター・フラー(Richard Buckminster Fuller,1895-1983)は、いわゆる専門的思考というものをもっとも嫌っていました。総合的な性向を持つ新しい専門家の生き方、というのがフラーの信念でした。総合的な思考法を発揮するためには、すべての出来事や思考法を互いに連携しあったシステムの中で捉える必要がある。連携した関係の中で、自分の仕事の意義を大きなコンテクストにおくことができるかどうかが偉大な仕事を生み出す鍵になるというのがフラーの信念です。過度の分化は適応能力を低下させ、種の絶滅に導くという生物学の観察に基づいた考えです。専門家は孤高の人になってはいけません。専門家が人から意見を言われなくなったらおしまいです。専門家の条件とは、チームワークとコミュニケーション能力、つねに広い視野に立って、素人の意見を組み入れる努力ができることです。
この本はレファレンスではありません。通読しやすいように文献リストをつけませんでした。文献が必要なときは、インターネットか、この本と同時期に出版される岐阜大学整形外科業績集で検索できます。できればこの本は、from cover to cover で読んでください。私と対話するつもりで。
「書くことは自己との対話であり、社会との対話でもある」(石川九揚)。書くことは過去と未来との対話でもあります。
2013年春
脊椎外科医を志す者にとって、その師匠は偉大である。多くの脊椎外科医は特定の指導医(師匠)に何年か密着して指導を受け、その知識・技術とともに外科医としての考え方・哲学を学んできた。箸の上げ下げを含む一挙一動をつぶさに観察し、脊髄へのアプローチや骨化を削るときの所作を学ぶ。本書は、長年岐阜大学において師匠の立場であった著者による脊椎外科奥義書である。脊椎外科手術書ではない。この点は著者も強く意識していて、「はじめに」には「この本は、from cover to coverで読んでください。私と対話するつもりで」と書かれ、「あとがき」には、「本書の内容は、通説の解説や紹介は控えめにして、私自身の考えを前面に出したものです」と明記されている。
書名も装丁もそれに相応しく、シンプルで渋いデザインである。しかし、その内容は充実している。まず総論では、脊椎外科医・運動器外科医の仕事は、「ヒトの自立と尊厳をサポートすること」にあると説く。自立は当然としても、それが患者にとって自己の存在を証明し、尊厳を保持するために重要であるという。整形外科医の存在意義はまさにここにある。手術の腕は手先の技術とともに思考法が大切とも書かれている。だからこそ、手術記録が重要になる。
各論では豊富なイラストや画像を交えて、疾患別に手術のキーポイントが詳細に説明されており、項目立てからも著者の執筆意図がわかる。脊椎インストゥルメンテーションから始まり、感染の話をしてから、頚椎・胸椎・腰椎疾患へとすすむ。脊椎すべり症や脊柱管狭窄症には特別なページは割かれていないが、腰椎分離症については細かい。その後、椎体骨折、脊髄外科と続き、側弯、リウマチ頚椎、脊椎腫瘍で終わる。全体を通じて重要視されているのは、ワイヤリングによる脊柱固定と前方進入法である。
術後感染への対処としては、まず疑わしきを罰し、感染を疑ったら抗菌薬投与で様子をみるようなことはせず、ただちに開創すべきと述べられている。ただし、インプラント抜去を安易に行うべきではなく、創を開放して排膿経路を確保したうえで骨癒合の完成をまち、最後にインプラントを抜去して感染を治癒させるとしている。また、プライマリーの脊椎炎に対しては前方の病巣に手を加える前に後方インストゥルメンテーションを設置して、まず除痛と日常生活動作(ADL)の改善を図り、そのうえで必要とあらば前方に回るという二期的手術をすすめている。
頚椎疾患に対しては、後弯があれば前方手術が第一選択であり、多椎間固定であっても術後の頚椎可動性への影響は少ないとしている。同様に後弯を呈する胸椎椎間板ヘルニアに関しても前方手術が基本で、椎弓切除は後弯のため除圧効果が低いと断じている。前方進入は、ともすると術者の技量による回避を患者負担軽減にすりかえられて議論されるが、著者は脊椎外科医にとってもっともハードルが高い胸骨縦割による頚胸移行部の前方進入も厭わない。
腰椎椎間板ヘルニアに対しては、自然治癒により2年間で保存的治療と手術的治療の差はなくなると指摘し、保存的治療でショックアブソーバー機能を保つことが大切としている。また手術の場合は、立体視とともに助手への教育にも有用な顕微鏡視下Love法を行うとする。また、脊髄外科の項では、めずらしい(と思われる)脊髄空洞症の自然経過例や手術時のdry field確保の方法が具体的に述べられている。
本書の内容は、本来であれば著者の属した岐阜大学整形外科の財産である。これを世の脊椎外科医に開示していただけた意義は大きい。脊椎脊髄外科の修練中である若手はむろんのこと、すでにベテランの域に達している専門医であっても、著者の手術哲学の一端に触れることで新たな境地が生まれることは間違いない。多忙な脊椎外科医はともすると手術解説書の必要な部分のみを拾い読みすることが多いが、一度じっくりと本書を通読することを強くすすめる。
臨床雑誌整形外科64巻11号(2013年10月号)より転載
評者●東京医科歯科大学整形外科教授 大川淳