抗凝固療法の神話と真実
適切な心房細動管理のために
著 | : 石川利之 |
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ISBN | : 978-4-524-25515-3 |
発行年月 | : 2016年7月 |
判型 | : A5 |
ページ数 | : 164 |
在庫
定価3,300円(本体3,000円 + 税)
- 商品説明
- 主要目次
- 序文
- 書評
心房細動診療に長年携わってきた著者が、一般内科医が抱きがちな思い込み(神話)に対する“真実”を科学的視点から解説。「DOACはモニタリングできないから使いにくい」「ワルファリンはビタミンKで中和できるからDOACより安全」などの“神話”を取り上げた。より正確な根拠をもってワルファリンとDOACを使い分けるための知識が身につき、読んですぐに実践できる。
プロローグ
第I章 神話と真実を巡る旅−出発前の準備
1.心房細動と心原性脳梗塞
A.疫学−割り切って理解し,患者に説明する
B.CHADS2スコア
C.なぜ発作性と慢性で脳梗塞の発生率が変わらないか
D.なぜ心房細動に抗凝固療法が必要なのか
E.ペースメーカー治療が教えてくれたこと
2.抗凝固療法のリスク・ベネフィット−治療には常に両面がある
A.予防効果か副作用か
B.抗凝固療法の普及の妨げ
C.抗血小板療法と抗凝固療法
D.CHADS2スコア1点の症例に対するワルファリンのリスク・ベネフィット
3.CHADS2スコア0,1点に対する抗凝固療法の重要性
4.抗凝固療法と抗血小板療法の併用−併用がいかに危険か
A.DAPT
B.ステントにワルファリンは無効,DAPTが必要
C.PCI後の抗血栓療法
第II章 ワルファリン神話の時代
1.凝固系とワルファリン治療−ワルファリンについて知っておくべきこと
A.凝固系
B.ワルファリンの作用
C.ワルファリンの使い方
D.ワルファリンと食品との相互作用
E.ワルファリンの代謝
F.ワルファリンの用量の個人差
G.PTとINR
H.APTT
I.ワルファリンのモニタリング−なぜPT-INRを用いるのか
J.ワルファリン治療のTTR
K.PT-INRによるモニタリングの限界
2.DOAC出現前−ワルファリンしかないとどうなるか
3.腎機能低下例における抗凝固療法−ワルファリン療法の危険性
A.クレアチニン・クリアランスの意味と問題点
4.出血した場合の対応と中和−ワルファリンのビタミンKによる中和に関する誤解
A.ワルファリンのビタミンK製剤投与による中和
B.血液凝固因子複合製剤の投与
C.DOACの中和薬
5.手術時の対応−ワルファリン服用患者は大変
A.手術時におけるワルファリンの問題点
B.DOACを用いる利点
C.多くの手術においてヘパリン・ブリッジは有害
6.ワルファリンにまつわる数多の神話−ワルファリンを適切に使うには
A.ワルファリンはモニタリングできるからといって,安全に使用できる訳ではない
B.ワルファリンコントロールが安定しているからといって,DOACに変更する必要がない,とはいえない
C.高リスク例だからといって,モニタリングできるワルファリンを選択して弱めにコントロールしたほうがよい訳ではない
D.ワルファリンは半減期が長いからといって,コンプライアンスのわるい症例にも安全に使える訳ではない
E.腎機能低下例だからといって,ワルファリンを使用したほうが安全な訳ではない
F.ワルファリンは骨粗鬆症を進める
G.ワルファリンの効果過剰時の対応とビタミンKによる中和
第III章 DOACの出現−新たな抗凝固療法の幕開け
1.DOACの総論−臨床試験の結果をどう読むか
A.治験データの解釈
B.DOACの薬理動態の違い
C.ワルファリンと比べ半減期が短いDOACでは抗凝固作用が持続していないので問題がある,という勘違い
D.DOACに何を求めるか
E.1日1回投与と2回投与のどちらがよいか
F.医師には無理にワルファリンをDOACに変更する権利はない
G.飲み忘れを防ぐには
H.minor bleedingで服薬を中止させない
2.DOACで頭蓋内出血が少ない理由−DOACで頭蓋内出血が少ない訳ではなく,あくまでもワルファリンとの比較
A.ワルファリンとDOACの頭蓋内出血についての比較
B.DOACの頭蓋内出血率が低いといってもあくまでもワルファリンとの比較
C.DOACは消化管出血に注意
3.なぜDOACにモニタリングが不要なのか−現状ではDOACのモニタリングは有害無益
A.DOACのモニタリングの問題点
B.ヘパリンのモニタリング
C.凝固因子活性抑制率や血中濃度でDOACの効果を測れるか
D.事故発生率の問題
E.DOACのモニタリングは有害無益
4.DOACの各論
A.ダビガトラン(プラザキサ)
B.リバーロキサバン(イグザレルト)
C.アピキサバン(エリキュース)
D.エドキサバン(リクシアナ)
5.抗凝固薬の費用対効果
A.薬剤の費用対効果についての考え方
B.ダビガトラン(プラザキサ)
C.リバーロキサバン(イグザレルト)
D.アピキサバン(エリキュース)
E.エドキサバン(リクシアナ)
6.ダビガトランのブルーレターの解釈と予防治療の認識−事故を完全に防ぐことはできない
A.ダビガトランに対するブルーレター
B.予防とは何か
第IV章 旅の終わりに
1.それでもワルファリンはなくならない−DOACだけでは対応できない場合
A.抗凝固療法の選択肢を持つこと
B.弁膜症性心房細動
C.ワルファリン処方に習熟する必要性
2.結論,単純にいえば
エピローグ
索引
序文
心房細動症例における脳梗塞予防のための抗凝固療法の必要性についていわれ始めてから、長い月日がたちました。その間も、抗凝固療法は脳梗塞予防と出血性合併症の間を揺れ動いてきました。抗凝固療法の有用性を多くの医師が理解していたにもかかわらず、なかなか普及しませんでした。これはワルファリンによる出血の副作用とワルファリンのコントロールの難しさによるものと思われます。経口抗凝固薬としてはワルファリンしかない時代が長く続いていましたが、2011年3月14日、ワルファリンとは作用機序の異なる、いわゆる「新規抗凝固薬」が発売されました。それは、2011年3月11日の東日本大震災の直後のことでした。
「新規抗凝固薬」はワルファリンとは全く異なる薬でありながら、モニタリングなど、ワルファリンの使用方法の呪縛から逃れられないでいるように思えます。ワルファリンしか使えなかったためか、我々は、ワルファリンについて、あまりに無知でした。そして、良くも悪くも、多くの神話が作られました。ワルファリンの最大のエビデンスは新規抗凝固薬の大規模開発治験です。ワルファリンの神話ともいえる誤解には重大な問題があり、看過できない状況にあるように思えます。ワルファリンは素晴らしい薬ですが、新規抗凝固薬はワルファリンとは異なる薬です。本書の目的は抗凝固薬の「神話」から脱却して「真実」を求めることです。
ワルファリンに対する新規抗凝固薬ということで、当初New Oral Anti-Coagulant、もしくはNovel Oral Anti-Coagulantを略してNOACと呼ばれた薬も、いつまでも「New」や「Novel」ではおかしいので、Non-Vitamin K dependent Oral Anti-Coagulantの略として同じNOACという名称が使用されるようになりました。しかし、No Anticoagulationと紛らわしいという意見もあり、2015年、新たにDOAC(Direct Oral Anti-Coagulant)という名称が国際血栓止血学会より提唱されました(Bames GD et al :J Thromb Haemost 13:2132-2133,2015)。これは、NOACが世界で受け入れられた証ともいえます。今後、DOACという名称が一般化することが予想されますので、本書ではDOACという名称を使用しました。
本書が抗凝固療法の神話と真実を見極める一助となり、抗凝固療法の適切な普及に役立つことを祈願しております。
2016年6月
石川利之
心房細動による心原性脳塞栓症発症予防は、従来のwarfarin療法のみの時代から現在はすでに4種類のDOAC(direct oral anticoagulants)が使用可能となっている。これら治療薬の選択肢が増えたことは心房細動管理に携わる循環器内科医や一般内科医、あるいは神経内科医にとっても大きなメリットである。読者のなかにもwarfarinのコントロールがどうしてもうまくいかず、挙げ句の果てには抗血小板薬に変えざるを得なかった苦い経験をお持ちの方も少なくないと思う。また、用量調節の煩わしさのためwarfarin治療を躊躇することも決してまれではなかったのではなかろうか。DOAC登場後、苦労してPT-INRでwarfarinの用量調節を行っていた時代が懐かしくさえ思われるほどである。
DOACは腎障害の有無さえ気をつければ、煩雑な血液検査も必要ないし、心原性脳塞栓症はwarfarinと同等あるいはそれ以上に予防してくれる。何より副作用としての脳出血を大幅に減少させてくれる。このこと自体は、DOACの素晴らしい面であることに間違いなく、今後心房細動患者に対する心原性脳塞栓症の予防はwarfarinのみだった時代に比し、格段に広まっていくことが期待されている。
一方で、本書『抗凝固療法の神話と真実』では、DOACに関するこれまでの科学的エビデンスに対して著者の鋭い考察と解説が述べられている。エビデンスとしての大規模臨床研究で導き出された結果に対して、どのような注意点をもって解釈すべきなのか、研究で用いられた解析方法から導き出された結果を一般的な結果として捉えてよいのか、それとも用いられた解析手法で得られた結果は一般的なものではなく、その研究に限ってのものと考えて対応すべきか、などを本書では鋭く指摘している。著者の深い統計学的知識や鋭いデータ観察力によって解説されているのが本書の最も特徴的な点であろう。DOACの大規模試験で得られた結果は、あくまでもwarfarinを対象とした有効性と安全性に関するデータである。安全性に関しても、あくまでwarfarinに比しDOACのほうが脳出血は少なかったということであり、DOACの使用で脳出血が減るわけではないことなどを著者は指摘している。
本書を一読して今回あらためて、これまで大規模臨床研究の結果を勝手に事実と異なる解釈をしていた部分があったことに気づかされた。まさしく著者の言う「神話」だったのであろう。私のみならず多くの方も「真実」ではなく「神話」に陥って振り回されていたことが多少ともあったのではないだろうか。大規模臨床試験の結果による「神話」を「真実」と誤解していたのはおそらく私だけではあるまい。本書の著者は、「神話」と「真実」を見極める眼力を最も読者に伝えたかったのではないだろうか。
臨床雑誌内科119巻3号(2017年3月号)より転載
評者●産業医科大学・不整脈先端治療学教授 安部治彦