日本整形外科学会診療ガイドライン
アキレス腱断裂診療ガイドライン2019改訂第2版
監修 | : 日本整形外科学会/日本整形外科スポーツ医学会 |
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編集 | : 日本整形外科学会診療ガイドライン委員会/アキレス腱断裂診療ガイドライン策定委員会 |
ISBN | : 978-4-524-24889-6 |
発行年月 | : 2019年9月 |
判型 | : B5 |
ページ数 | : 96 |
在庫
定価3,300円(本体3,000円 + 税)
正誤表
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2019年08月27日
第1刷
- 商品説明
- 主要目次
- 序文
- 書評
代表的なスポーツ外傷であるアキレス腱断裂に関し、新しいガイドライン作成指針のアウトカム評価を参照して改訂。新たに集積されたエビデンスを踏まえ、保存的治療や低侵襲手術、再発率を含む予後や予防法を中心に、最近の知見をまとめた。日本の医療事情に即して診断・治療の指針を示す一冊。
前文
第1章 疫学
Clinical Question1 アキレス腱断裂の発生数はどのくらいか.また,発生数に経年的変化があるか
Clinical Question2 アキレス腱断裂受傷の好発年齢はどのくらいのか.また,性差,左右差,季節性はあるか
Clinical Question3 アキレス腱断裂はスポーツ活動中の受傷が多いのか.また,どのようなスポーツで多く受傷するのか
第2章 病因・病態
Clinical Question1 アキレス腱断裂の予測因子,危険因子はあるか
Clinical Question2 アキレス腱断裂の発生には,基盤に必ず腱の変性が存在するか
Clinical Question3 アキレス腱断裂を誘発する可能性のある薬物はあるか
第3章 診断
Clinical Question1 医療面接(問診・病歴)だけでアキレス腱断裂の診断は可能か
Clinical Question2 アキレス腱断裂の診断において特徴的な臨床所見はあるか
Clinical Question3 アキレス腱断裂の診断で単純X線検査の有用性はあるか
Clinical Question4 アキレス腱断裂の診断で超音波検査の有用性はあるか
Clinical Question5 アキレス腱断裂の診断でMRIの有用性はあるか
Clinical Question6 アキレス腱断裂と鑑別すべき疾患はあるか.また,その鑑別点は何か
第4章 治療
Clinical Question1 保存療法は手術療法に比較して再断裂率が高いか
Clinical Question2 保存療法(キャスト・装具)は有用か
Clinical Question3 保存療法において早期運動療法(荷重,可動域訓練)は有用か
Clinical Question4 経皮的縫合術は有用か
Clinical Question5 直視下手術において端々縫合術は有用か
Clinical Question6 直視下手術において初期強度を考慮した縫合術は有用か
Clinical Question7 直視下手術において補強術の追加は有用か
Clinical Question8 手術療法後の早期運動療法は有用か
Clinical Question9 新しい治療方法としてplatelet-rich plasma(PRP)療法は有用か
第5章 予後・予防・合併症
Clinical Question1 アキレス腱断裂治療法により再断裂に差があるか
Clinical Question2 経皮的縫合術と直視下手術において感染率に差があるか
Clinical Question3 アキレス腱断裂治療後に患側の機能低下は残るか
Clinical Question4 治療法により仕事やスポーツ復帰時期に差はあるか
Clinical Question5 アキレス腱皮下断裂を予防する方法はあるか
Clinical Question6 アキレス腱断裂において治療法の選択(手術療法と保存療法)により深部静脈血栓症の発生頻度は異なるのか
Clinical Question7 アキレス腱断裂の治療中に生じる深部静脈血栓症の有効な予防法はあるか
索引
改訂第2版の序
アキレス腱(踵骨腱)は人体中最大で最強の腱で、踵骨(踵骨隆起)に停止する。起立・歩行などの運動に際して緊張と弛緩を繰り返し、疾走する場合に大きな張力がかかるといわれている。アキレス腱断裂は非常に発症頻度の高いスポーツ外傷で、診療についても画像機器の進歩により詳細が明らかになり、治療法についても、保存療法か手術療法かなどの選択肢が多様化してきている。また、情報化社会の到来により多くの情報の氾濫による混乱などを回避し、様々な民間療法や誤解、さらに独善的といえる手技手法などに対して、エビデンスに基づいた正しい方向性を示すための診療ガイドラインを作成することにより、有効で効率的な診療の助けになると考え、伊藤博元委員長をはじめとしたアキレス腱断裂診療のエキスパートの委員により『アキレス腱断裂診療ガイドライン』が2007年に刊行された。本ガイドラインを診療に用いることで、アキレス腱断裂の診療レベルは向上してきた。特に、治療法は保存療法、手術療法のいずれにもかかわらず臨床成績は良好で、早期運動復帰と筋力の早期回復とを目指した治療が行われてきた。一方で、保存療法と手術療法に関し様々なディベートがあり、その当時は治療法を比較したエビデンスレベルの高い論文が少ないのが現状であった。アキレス腱断裂の分野においても、高齢化、早期社会復帰の要望は強く、超音波機器による画像診断の普及、治療への応用、低侵襲の手術手技の発展や装具療法を中心とした保存療法に関するエビデンスレベルの高い論文が次第に発表されるなど、診療内容の進歩によりガイドラインの改訂が必要となった。
2013年に新たな委員会が発足し、治療法や予後・予防法を中心に改訂を行うこととなった。初版ガイドラインは、1990年以降2003年2月までに発表された論文を中心に策定されていた。今回は前回採用された論文に加え、2004年以降新たに発表された論文が検索の対象となった。治療法や予後・予防法に関しては、『Minds診療ガイドライン作成の手引き2014』(以下、Minds 2014)のアウトカム評価を参考に検討した。最近話題となっている病因としての高脂血症とアキレス腱断裂の関連性や深部静脈血栓症の発症に関しても言及した。診断や治療経過に超音波検査の有用性が多く報告されている。治療に関し、手術療法は再断裂率が低く社会復帰も早く推奨されるが、感染などの合併症には注意を払う必要があり、保存療法は保存療法に熟知した医師やメディカルスタッフのもとで、患者の治療に対する理解のうえで厳格な管理下に行えば推奨される。しかし、アキレス腱断裂は日常茶飯事的に発生し整形外科以外でも診療され、治療法の決定など比較的緊急性を要するため薬物療法のような比較対照の前向き研究の実施が困難であり、エビデンスレベルの高い論文は必ずしも多くないという事実も再認識し、改訂作業に影響を及ぼした。今後、日本整形外科学会やスポーツ関連学会を中心に多施設前向き研究などの実施が望まれる。欧米においてもアキレス腱断裂診療に関するガイドラインとしてはAmerican Academy of Orthopaedic Surgeons Clinical Practice Guideline(J Am Acad Orthop Surg,2010)などがあるが、現状ではガイドライン委員の意見に依存している面もある。
本ガイドラインは初版のClinical QuestionをもとにQ&A形式で記載した。
最後に本ガイドラインの作成に多大なご支援とご尽力を賜りました日本整形外科学会診療ガイドライン委員会、日本整形外科スポーツ医学会ならびに代議員の方々、委員会開催に日曜祝日にも対応していただきました日本整形外科学会事務局、一般財団法人国際医学情報センター(IMIC)ならびに南江堂の諸氏に深謝いたします。
2019年7月
日本整形外科学会
アキレス腱断裂診療ガイドライン策定委員会
委員長 帖佐悦男
日本医療機能評価機構が運営するEBM普及推進事業Mindsは、診療ガイドラインについて、複数の治療法や検査法のエビデンスのまとめ、治療や検査に伴う益と害のバランス、患者の価値観と希望、経済的視点などを考慮して、患者と医療者の協働の意思決定を支援するために最適と考えられる方法を「推奨」という形で示す文書、と定義している。本書ではMindsのアウトカム評価を参考に検討されたことが、初版(2007年)ともっとも異なる点である。初版で採用された論文に加え、2004年以降の論文が検索の対象となった。
改訂第2版のClinical Question(CQ)は、初版のResearch Questionを基に、Q &A形式で記載されている。第1章「疫学」、第2章「病因・病態」、第3章「診断」のCQに変更はないが、第4章「治療」と第5章「予後・予防・合併症」に追加・変更がある。
追加されたCQは、第4章ではCQ1「保存療法は手術療法に比較して再断裂率が高いか」、CQ3「保存療法において早期運動療法(荷重・可動域訓練)は有用か」、CQ6「直視下手術において初期強度を考慮した縫合術は有用か」、CQ7「直視下手術において補強術の追加は有用か」、CQ9「新しい方法としてplatelet-rich plasma(PRP)療法は有用か」である。
CQ1では、以前は保存療法のアキレス腱再断裂率は手術療法のそれより高かったが、しっかりとした管理のもと患者が指示を遵守し早期運動療法を行えば、両治療法の再断裂率は同等となった。保存療法の位置づけに変化がみられている。
CQ3では、早期運動療法を併用した近年の前向き研究で、保存療法は手術療法より治療後の腱長が長くなるという研究や、手術療法はより早期に筋力が回復するという研究成果に基づいて吟味されている。
CQ9では、現時点ではPRP投与が有用であるということはいえず、推奨はGradeIとなった。手術は直視下縫合より経皮的縫合や小切開による縫合の割合が増加するであろう。早期運動療法は良好な成績を得る一つの鍵となるが、荷重と可動域(ROM)訓練の要素のおのおのの意義にはいまだ十分なエビデンスが得られていない。また治療内容だけでなく、治療指示に対する患者の遵守率も重要な要素となる。今後はPRP療法と早期運動療法を組み合わせた前向き研究が期待される。また、超音波検査の精度向上や機器のコンパクト化により、診察室内で低侵襲に断裂部を把握することが可能になり、断裂部の状況で治療成績の差異が明らかにされ治療選択の参考になることが期待される。
第5章では「予後・予防」に「合併症」が加わった。追加されたCQは、CQ2「経皮的縫合術と直視下手術において感染率に差があるか」、CQ6「治療法の選択(手術と保存)により深部静脈血栓症の発生頻度は異なるのか」、CQ7「治療中に生じる深部静脈血栓症の有効な予防法はあるか」である。
CQ2では、メタアナリシスを含むランダム化比較試験(RCT)で直視下手術の感染率はより高いことが検証され、直視下手術では感染予防により留意しなければならないことがエビデンスとして示されている。合併症としての深部静脈血栓症については、CQ6ではRCTで手術療法と保存療法で発生頻度に差はないこと、CQ7では明確なエビデンスを示す論文はないがキャスト固定を行う場合には発生のリスクがあるので適切な対策が必要であることが示された。
初版と比べると、合併症に関するエビデンスレベルの高い文献が増えている。一方、予後・予防に関する論文は増えておらず、ウォーミングアップやストレッチングがアキレス腱の力学的性状にどのように影響するかの基礎研究や、断裂の基盤として考えられているアキレス腱変性の早期診断や治療との関連もふまえ、今後の進展がまたれる。
アキレス腱断裂は整形外科以外の施設でも治療され、また治療法の決定には比較的緊急性を要するため前向き研究の実施が困難で、エビデンスレベルの高い論文は少なく、改訂作業に影響を及ぼしたという。今後、日本整形外科学会やスポーツ関連学会を中心に多施設前向き研究などの実施が望まれる。
臨床雑誌整形外科71巻7号(2020年6月号)より転載
評者●聖マリアンナ医科大学整形外科主任教授 仁木久照