書籍

経食道心エコー法マニュアル[Web動画付]改訂第5版

: 渡橋和政
ISBN : 978-4-524-24655-7
発行年月 : 2019年10月
判型 : B5
ページ数 : 356

在庫あり

定価16,500円(本体15,000円 + 税)


正誤表

  • 商品説明
  • 主要目次
  • 序文
  • 書評

初心者にもわかりやすい基本手技から応用までを解説した、経食道心エコー法(TEE)の実践テキストの最新版。今改訂では、治療用デバイスや画像診断機器の進歩に伴う新たな内容を拡充。臨床で重要な周術期管理やシミュレータ、トラブル回避のためのTEE活用法も網羅した。付録動画も大幅に拡充し、1,200本以上の動画とその解説をWeb上で閲覧できる。

PartI 基本編
 Chapter1 経食道心エコー法(TEE)の概略
  A.TEEの特徴
   1.TEEのメリット
   2.TEEのデメリット,限界
  B.術中TEE
   1.術中TEEの役割
   2.航空業界との類似点
  C.術中以外のTEE
   1.集中治療におけるTEE
   2.救急部でのTEE
   3.循環器内科のTEE
  D.トレーニングと資格
   1.知識の習得
   2.操作テクニック
   3.戦略と応用力
 Chapter2 TEEで使用するモード
  A.Bモード
   1.Bモード画像
   2.パネル設定(knobology)
   3.Bモードのコツどころ
  B.Mモード
   1.Mモード画像
   2.Mモードのコツどころ
  C.カラードプラモード
   1.カラードプラモード画像
   2.パネル設定
   3.カラードプラモードのコツどころ
  D.カラーMモード
  E.パルスドプラモード(PWドプラモード)
   1.PWドプラモードとは
   2.パネル設定
   3.PWドプラモードのコツどころ
  F.連続波ドプラモード(CWドプラモード)
   1.CWドプラモードとは
   2.ドプラ計測を用いた評価法
 Chapter3 アーチファクトとその対策
  A.音響陰影
   1.音響陰影とは
   2.対策
   3.逆利用
  B.サイドローブ
   1.サイドローブとは
   2.対策
  C.多重反射
   1.多重反射とは
   2.対策
  D.折り返し現象(aliasing)
   1.折り返し現象とは
   2.カラードプラモードのaliasing
   3.パルスドプラモードのaliasing
  E.mirroring
   1.mirroringとは
   2.見分け方
  F.その他のノイズ
   1.電磁干渉
   2.TEEと術野エコーの同時使用
 Chapter4 検査のルーチンと安全管理
  A.装置のセットアップ
  B.全身麻酔下でのプローブ挿入
   1.挿入前の準備
   2.挿入手順
   3.挿入困難なとき
  C.覚醒時のプローブ挿入
   1.挿入前の準備
   2.挿入手順
   3.挿入困難の原因と対処
  D.プローブの抜去
   1.抜去前の最終確認
   2.検査後
   3.プローブの消毒
  E.TEEの禁忌と合併症
   1.禁忌
   2.食道穿孔
  F.TEE全般の注意事項
 Chapter5 画像のオリエンテーションと基本画像
  A.画像のオリエンテーション
   1.走査面と画像のオリエンテーション
   2.プローブ操作
  B.TEEの基本画像
   1.基本20画像と実用的な流れ
   2.ME4Cの描出→3方向への展開
   3.ME4Cからスタートする他の画像
   4.経胃画像から他の画像
  C.blind zone
 Chapter6 リアルタイム3D-TEE
  A.表示の種類
   1.3Dモード:正面像(en face view)
   2.xPlaneモード
  B.2Dから3Dへの切り替え
   1.live 3D mode
   2.full volume 3D mode
  C.画像の使い分けと描出の工夫
   1.3DとxPlaneの使い分け
   2.不整脈の影響
   3.フレーム数
   4.echo dropout
PartII 正常編
 Chapter1 左心系
  A.左室
   1.構造と描出
   2.左室機能評価
  B.僧帽弁
   1.構造
   2.描出
   3.僧帽弁血流
  C.大動脈弁
   1.構造と力を受け止めるしくみ
   2.描出
   3.大動脈弁血流
  D.左房と肺静脈
   1.構造
   2.描出
   3.肺静脈血流
 Chapter2 右心系
  A.右室・心室中隔
   1.構造
   2.描出
   3.右室機能評価
  B.右房・心房中隔
   1.構造
   2.描出
   3.機能評価
  C.三尖弁
   1.構造
   2.描出
  D.肺動脈
   1.構造
   2.描出
 Chapter3 冠血管
  A.冠動脈
   1.構造
   2.右冠動脈の描出
   3.左冠動脈の描出
   4.冠動脈の起始異常
  B.冠静脈洞
   1.構造
   2.描出
 Chapter4 大動脈と上・下大静脈
  A.構造と描出
   1.大動脈径
   2.大動脈の走行と走査
   3.大動脈壁
  B.上行大動脈
   1.基本画像
   2.描出のコツ
  C.胸部下行大動脈
   1.描出の意義
   2.基本的な描出
  D.弓部分枝
   1.構造と描出のコツ
   2.走査面0°での描出
   3.90°走査での描出
  E.腹部大動脈
   1.解剖と全般的なコツ
   2.4分枝の描出
   3.血流評価
   4.腹部臓器の描出
 Chapter5 上大静脈と下大静脈
  A.下大静脈
   1.構造と描出の意義
   2.描出
  B.上大静脈
   1.構造と描出の意義
   2.描出
   3.左上大静脈遺残
 Chapter6 心膜,胸膜
  A.構造
   1.心膜
   2.胸膜
  B.描出
   1.心膜
   2.胸膜
PartIII 異物と体外循環・モニター編
 Chapter1 異物描出の原則
  A.エコー画像と肉眼像の違い
   1.音響陰影
   2.表面の性状
 Chapter2 SGカテーテル
  A.描出
   1.ガイドワイヤ
   2.SGカテーテル
  B.挿入時のTEE所見
   1.各ステップにおける描出
  C.トラブルシューティング
   1.ガイドワイヤが右房に現れない
   2.右室に入らない
   3.肺動脈に上がらない
   4.カテーテルが消えた
   5.バルン破裂
   6.TEEが入っていない
   7.抜去できない
 Chapter3 体外循環とカニューレ類
  A.送血管
   1.上行大動脈の送血管
   2.大腿動脈送血
   3.上行大動脈への穿刺挿入
  B.脱血管
   1.脱血管の描出
   2.挿入ガイド
   3.脱血不良
  C.左室ベント
   1.カニューレの描出
   2.挿入困難と挿入時合併症
   3.vent-induced MR
  D.脳分離灌流
   1.右総頸動脈への迷入
   2.右鎖骨下動脈への迷入
 Chapter4 心筋保護
  A.順行性心筋保護
   1.ルートカニューレからの注入
  B.選択的心筋保護
   1.選択的心筋保護の注意点
  C.逆行性心筋保護
   1.挿入ガイド
   2.挿入のトラブルシューティング
 Chapter5 補助循環
  A.IABPカテーテル
   1.カテーテルとTEE画像
   2.カテーテル留置のガイド
   3.さまざまなsituation
  B.PCPS
   1.脱血管挿入時のpitfalls
   2.送血管挿入時のガイド
   3.脱血不良
   4.合併症のチェック
 Chapter6 心内遺残空気
  A.種類,TEE画像と空気塞栓
   1.空気のTEE所見
   2.空気塞栓による心イベント
  B.空気の貯留部位とTEE所見
   1.空気の挙動と性格
   2.左心系の空気
   3.右心系の空気
  C.空気除去とpitfalls
   1.肺静脈〜左房の空気
   2.左室内の空気
   3.大動脈内の空気
   4.右心系の空気
   5.空気除去のゴール
PartIV 病態・治療編
 Chapter1 虚血性心疾患:狭心症,心筋梗塞
  A.心筋虚血の評価
   1.虚血のTEE所見と重症度
   2.病態
  B.冠動脈バイパス術
   1.吻合前の評価,モニター
   2.吻合時
   3.吻合後の評価
  C.グラフト評価
   1.トランジットタイム血流計
   2.ICG造影
   3.direct echo
   4.LITAグラフトのTEE評価
   5.#4のSVG・RGEAグラフト
   6.中枢側吻合部の評価
  D.急性心筋梗塞
   1.AMIの病態とTEE所見
   2.心破裂
   3.心室中隔穿孔
   4.乳頭筋断裂
  E.陳旧性心筋梗塞
   1.病態
   2.TEE所見(冠動脈領域ごと)
  F.冠動脈瘤
   1.左冠動脈の冠動脈瘤
   2.右冠動脈の冠動脈瘤
 Chapter2 弁膜疾患
  A.僧帽弁狭窄
   1.病態
   2.TEE所見
   3.重症度評価
   4.人工弁と僧帽弁置換術
   5.経皮経静脈僧帽弁交連裂開術
  C.僧帽弁逆流
   1.病態とTEE画像,機序
   2.重症度評価
   3.形成術のためのTEE評価
   4.形成術の術中評価
  D.大動脈弁狭窄
   1.病態とTEE所見,重症度評価
   2.大動脈弁置換術
   3.経カテーテル大動脈弁植込み術
  B.心房細動と心房内血栓
   1.心房内血栓
   2.心房細動手術
  E.大動脈弁逆流
   1.病態とTEE所見
   2.逆流の機序とTEE所見
   3.重症度評価
  F.三尖弁逆流
   1.病態と原因,TEE所見
   2.重症度評価と形成術後評価
   3.弁置換術後評価
  G.感染性心内膜炎
   1.病態
   2.TEE所見
   3.体内植え込みデバイスへの感染
   4.心臓外の病変
 Chapter3 先天性心疾患
  A.卵円孔開存
   1.病態
   2.TEE所見
   3.PFOがもたらす問題
  B.心房中隔欠損症
   1.病態
   2.TEE所見
   3.術中のルーチンワーク
   4.Amplatzer septal occluder
  C.心室中隔欠損症
   1.病態と分類
   2.TEE所見
   3.ルーチンワーク
  D.房室中隔欠損症
   1.病態
  E.動脈管開存症
   1.病態
   2.TEE所見
   3.ルーチンワーク
  F.その他の疾患
   1.左房隔壁,三心房心
   2.修正大血管転位症
   3.右胸心の心房中隔欠損症
   4.肺動脈漏斗部狭窄症
   5.肺動脈弁狭窄症
 Chapter4 心筋疾患・心膜疾患
  A.閉塞性肥大型心筋症
   1.病態
   2.TEE所見
  B.mid-ventricular stenosis
   1.病態
   2.TEE所見
  C.拡張型心筋症
   1.病態
  D.心嚢液貯留,心タンポナーデ
   1.病態
   2.心タンポナーデ
   3.術後心嚢内出血
   4.慢性心嚢液貯留
  E.収縮性心外膜炎
   1.病態
   2.TEE所見
   3.術中TEEの役割
 Chapter5 大動脈解離
  A.病態と合併症
   1.大動脈解離の概念
   2.病型分類
   3.解離の合併症
  B.解離の基本的なTEE評価
   1.真腔・偽腔と血流・血栓形成
   2.entry
  C.破裂のTEE評価
   1.病態
   2.心タンポナーデ
   3.胸腔内出血,縦隔内出血
  D.灌流障害のTEE評価
   1.病態
   2.冠動脈の灌流障害
   3.脳灌流障害
   4.腹部内臓分枝の灌流障害
   5.下肢虚血
  E.大動脈弁逆流のTEE評価
   1.病態と機序
   2.治療方針
  F.術中に新たに起こりうるイベント
   1.送血で起こる新たな解離
   2.偽腔送血
   3.解離は落とし穴だらけ
  G.体表からの解離の診断
   1.血圧低下,ショック
   2.意識障害,神経症状
   3.背部痛
   4.腹痛
  H.stent graft治療のTEE
   1.ガイドワイヤのガイド
   2.stent graft留置後の偽腔
   3.その他のイベント
   4.脊髄虚血
   5.その他の症例
 Chapter6 大動脈瘤と他の大動脈病変
  A.大動脈の粥状硬化病変
   1.粥腫
   2.潰瘍
   3.石灰化
   4.分枝動脈狭窄
  B.大動脈瘤
   1.病態とTEE評価
   2.open surgeryにおけるTEEの役割
  C.open stent grafting
   1.概略
   2.TEEガイド下での留置手順
   3.再灌流後のTEE評価
  D.TEVAR
   1.概略
   2.挿入前の評価とガイド
   3.挿入中
   4.挿入後
  E.大動脈弁輪拡張症と冠動脈洞動脈瘤
   1.病態とTEE所見
   2.治療とTEE評価
  F.その他の大動脈病変
   1.外傷性大血管損傷
   2.大動脈炎(高安動脈炎)
   3.大動脈閉塞
   4.その他の疾患
 Chapter7 腫瘍性疾患
  A.心臓の良性腫瘍
   1.左房粘液腫
   2.乳頭状線維弾性腫
   3.その他の良性腫瘍と腫瘤性病変
  B.心臓大血管の悪性腫瘍
   1.平滑筋肉腫
   2.悪性リンパ腫(malignant lymphoma)
   3.転移性心臓腫瘍
   4.肺動脈腫瘍
  C.腎腫瘍の下大静脈内進展
   1.特徴
   2.TEE所見とモニター,ガイド
  D.肺癌と縦隔腫瘍
   1.肺癌
   2.縦隔腫瘍
 Chapter8 その他
  A.急性肺塞栓
   1.病態
   2.TEE所見
   3.主な症例
   4.深部静脈血栓
  B.慢性肺塞栓
   1.病態
   2.TEE所見
  C.縦隔洞炎
   1.病態
   2.TEE所見
  D.胸腔内液貯留と無気肺
   1.臨床的意義
   2.体表エコー,TEEによる描出
   3.治療のガイドと評価
 Chapter9 心停止,外傷,ショック
  A.心停止におけるTEE
   1.CPR-TEE概略
   2.focus TEE(原因検索)
   3.navigation TEE
   4.secure TEE
  B.多発外傷
   1.腎損傷
   2.大動脈閉塞バルン
   3.外傷性SAH
   4.胸壁の損傷
   5.心臓挫傷
   6.三尖弁損傷
   7.膵断裂
  C.ショック時のTEE評価
   1.原因の見分け方と対処
索引

第5版の序

 いろいろな試みを盛り込んで2012年に上梓した本書『経食道心エコー法マニュアル(第4版)』は、多くの方に利用していただいた。その後、経食道心エコー(TEE)習得の機運は次第に高まり、心臓血管麻酔専門医を目指す若手や心臓血管外科医にも多少は役に立てたように思える。しかし、現実は甘くない。2011年に高知に赴任し、「同じ日本なのにこんなに違うのか」と驚き、専ら指導する立場となったこともあわせて、「自分ができても後進ができなければ意味がない」と感じ、『レスキューTEE』、『実戦TEEトレーニング』を上梓した。他県に先んじて手術患者も高齢化が進み、多彩な併存疾患の中でより完璧な結果が期待されている。一方、ステントグラフト治療などハイブリッド手術室を使う低侵襲治療では見えない部分がさらに増えている。
 このような状況のもと、改訂が必要と確信した。しかし単なる焼き直しではダメだ。思い出したのは、ニューヨークで勉強に使ったArthur Weyman先生の『Echocardiography』である。「なるほど」とうならせるイラストや説明が随所にある一冊だった。恩返しの気持ちも込めて、今回の改訂ではいくつか工夫をした。
 第一に、comprehensiveな内容を重視した。解剖、病態、エコーの描出では、理解を助けるためイラストや画像を多用して徹底的にビジュアルな解説とし、メモやコツなどをCOLUMN、MEMO、TIPS&PITFALLSという形にまとめた。図は約900となり、イラストはすべて自分で描き上げた。1989年にニューヨークでLotus Freelanceというドロー系ソフトを使ってイラストを描きはじめ、データをAdobe Illustratorに引き継いで手直しを重ねたものに加え、今回新たに作成したものも多数含まれている。
 第二は、バリエーションである。大多数の疾患で治療成績が向上した現在、押さえるべきは想定外のイベントにも対処できる力である。まれなイベントでも、一度見ておくと意外に役立つものだ。そう考え動画を遠慮なく盛り込んだ結果、約1,200になってしまい、書籍、DVDともスペースが足りなくなったため、動画は南江堂のHPで見ていただく形とした。しかし書籍では十分解説するスペースがない。そこで約100ページ分の「ビデオ解説」を作り、動画とあわせて見てもらえる形とした。
 第三は、「アーチファクト」の判別と「安全」である。TEEの普及に伴い術中操作や方針決定におけるその役割が大きくなる一方で、評価の誤りやプローブ操作に関連した合併症は、TEEのメリットを台なしにしてしまう。アーチファクトは、今でも私自身がしばしば迷ったり、だまされそうになる。読者の方からも、アーチファクトで判断に困ったときに具体的にどうするかについて、しっかり書いてあるものがないと聞いている。アーチファクトの誤判断で不利益を被る人を少しでも減らすためにも、この機会を利用してしっかり書き込んだ。また、プローブ操作による食道損傷などの合併症は、TEEの使用自体が制限されかねない大きな問題である。この回避策についても隋所で記載を加えた。
 初版からいい続けてきたが、私は教科書を書くような柄でもないし、書きたいとも思わない。あくまで現場で役立つ実践的なマニュアルを目指している。私がそばにいて、いっしょに画像を見たり操作しながら私が経験して得てきたことを伝える代わりとして、あるいはその一助として本書を上梓したい。その内容は、1987年にTEEに巡り合わせていただいた広島大学の盛生倫夫先生、松浦雄一郎先生、Albert Einstein College of Medicineの丘ヤス先生をはじめ、広島大学、高知大学のみなさんからのご協力をいただいてはじめて提供できるものであり、この場を借りて感謝の気持ちを申し述べるとともに、出版にあたって多大なご尽力をいただいた南江堂の皆様に深謝いたします。

令和元年9月
高知大学医学部第二外科
渡橋和政

 心臓血管外科医は、いつも危険と背中合わせの仕事をしている。緊張の連続である。そして、どんなエキスパートであっても、術中に危機的状況に立たされることがある。そうした危機を乗り越えるには、外科医としての技能はもちろんのこと、知識・経験と正確な情報収集に基づく的確な判断がモノをいう。
 経食道心エコー法(TEE)は、術中情報収集の必須アイテムの一つであり、心臓血管外科医にとってもう一つの眼といえる。術者は自分の側から、つまり前面から心臓を観察することができるが、TEEはそれとは正反対の、後面から心臓をみせてくれる。前からみてもわからないこと、心臓を縫い閉じてしまってからでは判別できないダイナミックな事象を知ることができる。
 本書には、「心臓血管外科医のための」とか、「術中の危機を脱するための」といった枕詞をつけたほうがよいのではないかと思う。心臓血管外科の手術に関連したTEE画像の解釈がこれほど詳細に網羅されている教科書は、ほかに類をみない。
 今回の改訂に際し、著者である渡橋先生は次の三つのポイントを意図したとうかがった。
 第一は、豊富なイラストと画像によるビジュアルな解説。これは、まさに著者の意図するとおり、縦隔内の解剖学的位置関係を、たとえばイラストとCT画像を交えながらそれがTEEでどのように描出されるかが外科医の視点でとてもわかりやすく説明されている。実際の手術で必要とされる三次元的な局所解剖とTEE画像の関連性を理解する助けとなる。
 第二は、画像のバリエーション。読者は、1,200点にも及ぶ動画を書籍とリンクした南江堂のホームページで閲覧することができる。臨床医は、いざというときにどれだけの場数を踏んでいるかがモノをいうわけで、一つの現象ないし心内構造物のもっとも典型的な画像を供覧するというのも教科書の作り方かもしれないが、本書は違う。とにかく、これでもかというほど、さまざまなバリエーションの動画を閲覧することができ、そうした複数の動画に接することで、より理解の幅が広がる。つまり、多くの「引き出し」を提供してくれている。
 第三は、「アーチファクト」の判別と「安全」。確かにTEE画像では、アーチファクトを実物と見誤ることがしばしばで、実際に起こっている事象を見極める眼が求められる。診断の質を高め、トラブルに対して正しく対処するためである。また、プローブ操作による食道損傷などの合併症は、絶対に回避しなければならない。その回避法も随所に記載されている。イラストや画像のみならず、column、memo、tips &pitfallsには、小技や豆知識がふんだんに盛り込まれており、これらを拾い読みしているだけでも自然と知識が身についてくる。
 と、本書を絶賛してきたものの、実際のところ心臓血管外科医が術中に自らTEEを操作するという機会はむしろ少なく、麻酔科医にTEEで術野の状態を評価してもらう場面がほとんどではないだろうか。かくいう筆者もそうである。しかしながら、術中に何か理屈に合わないことが起きたとき、手術の手をいったん止め、麻酔科医と一緒になって目を皿のようにしてTEEの画像をみつめることがしばしばある。そういうときに、何がどこまで描出できるのか、みえている画像の真の意味は何なのかを知っていれば、術野から麻酔科医に的確な指示が出せる。何をどうすればよいかの判断さえつけば、たいていの危機的状況は脱することができるであろう。
 チームとしてのベストパフォーマンスを引き出すため、ぜひとも本書を座右の1冊に加えることをおすすめする。忙しくて読めなかったら、手術の際に、本書を麻酔器の傍らにおかせてもらってよい。多種多様の「引き出し」に基づく「正しい観察眼」が、患者を救い、より安全で質の高い手術を提供することにつながるのである。

胸部外科73巻8号(2020年8月号)より転載
評者●東京医科歯科大学心臓血管外科教授 荒井裕国

9784524246557