脊椎脊髄損傷アドバンス改訂第2版
総合せき損センターの診断と治療の最前線
編集 | : 前田健/河野修 |
---|---|
ISBN | : 978-4-524-24538-3 |
発行年月 | : 2023年4月 |
判型 | : A4 |
ページ数 | : 252 |
在庫
定価12,100円(本体11,000円 + 税)
- 商品説明
- 主要目次
- 序文
- 書評
総合せき損センターの最前線の治療とその豊富な治療実績をまとめた脊椎脊髄損傷医療の比類なき実践書.チーム医療の観点から,急性期の診断と治療,合併症予防,リハ,社会復帰まで,一貫した「せき損センタースタンダード」を示した.今改訂では,前版刊行後に行われた疫学調査,症例数が増加した骨粗鬆症性椎体骨折,再生医療の各項目を新たに追加.また,「診断と評価」と「治療戦略」の項目を部位別にまとめ,一連の流れがいっそう分かりやすくなった.
T.疫学
A わが国における脊髄損傷の現状
@福岡県における疫学調査結果
A他の地域における疫学調査結果
B 脊髄損傷データベース
@せき損センターのおける脊髄損傷データベース運用
A患者の高齢化に伴う問題点―せき損センターにおける脊損データベース解析結果より
U.急性期から慢性期までの治療の流れ
A 総合せき損センターの特色
@一貫した治療システム―救急搬送から社会復帰まで
Aチーム医療
B 急性期の診断と治療
@急性期の診察・検査の流れ
A急性期における治療法の選択手順
B患者・家族への説明
C 予後および脊髄損傷後遺症についての告知とその時期
@麻痺の予後
A脊髄損傷後遺症の告知とその時期
B心理的サポート
C社会的サポート
V.麻痺の評価とその予後
A 脊髄損傷の分
@さまざまな分類の意義と用語の定義における混乱
A完全麻痺と不全麻痺
B頚髄損傷でみられる損傷型
C胸腰椎移行部損傷の特殊性―脊髄損傷と馬尾損傷
B 麻痺の評価法
@横断面の評価―改良Frankel分類とsacral sparingの重要性
A損傷高位の評価
B麻痺評価における時間軸の考慮
C国際的な神経学的評価法(ISNCSCI)
C 脊髄ショックの意義
@脊髄ショックとは?
Aショックからの離脱が早いほど回復がよい
D 麻痺の自然経過
@不全麻痺における受傷直後の急激な麻痺回復
A麻痺悪化例の把握―高位の悪化と横断面の悪化
B麻痺の回復が期待できる徴候―早期反射出現(BCR,PTR,planterresponse),痛覚残存,不随意運動
C麻痺はいつごろまでどの程度まで回復するのか?
D完全麻痺と判断してよいのはいつごろか?
E 急性期の麻痺評価における問題点―治療結果に関する議論が噛み合わない原因は何か?
@評価の時期(受傷直後,搬入時,術前,転院時など)の不一致やISNCSCIの理解不足2
F 損傷脊髄に対する治療は,麻痺の経過に影響を与えるか?
G 診察におけるポイントと簡便な診察法(Knee-up test)
@仙髄領域の診察―AISAか否か
A痛覚残存の有無(痛覚は早期の運動回復)
B膝立の可否(AISCとDの簡単な見分け方)
C心因性麻痺の鑑別(knee-up test)
W.急性期における全身への影響とその管理
A 呼吸器系―呼吸障害による痰の貯留に注意
@呼吸器系―呼吸障害による痰の貯留に注意
A気管切開のタイミング
B人工呼吸管理
C呼吸補助筋とその強化
B 循環器系―低血圧に過剰輸液は危険(出血性ショックではない)
@低血圧と徐脈の病態
A起立性低血圧
C 血栓症―下肢の腫脹に注意
@深部静脈血栓塞栓症(DVT),静脈血栓塞栓症(VTE)
A肺動脈血栓塞栓症(PTE)
D 消化器合併症―潰瘍は見逃しやすい
@消化管潰瘍
A潰瘍穿孔による腹膜炎
B麻痺性イレウス
C急性胆嚢炎,胆管炎
D経口摂取の時期
E 高血糖と麻痺の関連―高血糖は麻痺増悪因子
X.下部尿路機能障害
A 高血糖と麻痺の関連―高血糖は麻痺増悪因子
@正常の蓄尿と排尿とは?
A蓄尿のメカニズム
B排尿のメカニズム
B 神経因性膀胱とは?
@定義
A病態の評価
C 急性期から回復期の排尿管理
@急性期の尿路管理―尿道留置カテーテルから
A回復期の尿路管理―尿路管理法の選択
D 回復期の尿路管理―尿路管理法の選択
@上部尿路機能/腎機能の保護
A生活の質(QOL)の改善―尿失禁の対処
B合併症のコントロール
Y.画像診断
A 当センターでの画像診断の流れ
B 単純X線
@前後像
A側面像
C CT
@2DCT
A3DCT
D MRI
@軟部損傷所見
A損傷脊髄の経時的変化と麻痺の推移:MRIで麻痺の予後予測は可能か?
BMR angiography―椎骨動脈損傷の評価はいかに?
Z.頸椎損傷
A 上位頚椎損傷
@環椎破裂骨折(Jefferson骨折)
A歯突起骨折
Bhangman骨折(軸椎関節突起間骨折,spondylolisthesis of the axis)
C軸椎椎体骨折
D外傷性環軸椎脱臼
B 中下位頚椎損傷
@損傷分類
A診断における留意点
B損傷型(Allen-Ferguson分類)別治療法
[.非骨傷性頸髄損傷
A 非骨傷性頚髄損傷に関する問題点
@非骨傷性頚髄損傷に関する問題点
A疫学からの問題
B損傷高位に起因する問題
C外傷性頚髄損傷なのか? 圧迫性頚髄症の急性増悪なのか?
D既存の狭窄と外傷による新規圧迫―基礎研究からの示唆
E手術の目的あるいは意義
F治療効果の評価法
B 当センターにおける治療の変遷
@可及的早期手術期
A多施設前向き研究―既存の狭窄を有する頚髄損傷に対する除圧術が麻痺回復へもたらす効果
B急性期保存的治療
C 今後の課題
@センターの研究結果と残された問題点
AOSCISstudyの結果を踏まえて
B定義や用語に関する問題―骨傷分類の中での位置付け
C外傷性頚髄損傷と圧迫性頚髄症(急性増悪)との区別およびその必要性
D評価法や評価時期の統一による治療効果判定の必要性
E手術の意義の明確化―麻痺回復を促進するのか? 二次損傷や麻痺悪化を予防できるのか?
F慢性期における麻痺悪化例の評価および対策
\.胸・腰椎損傷
A 脊髄と馬尾損傷
@麻痺の評価法と部位別の麻痺重症度
A麻痺の経過
B 損傷型分類
@Denis分類
AAO分類
C 手術適応―The thoracolumbar injury classification and severity score(TLICS)から
Thoracolumbar AOSpine Injury Score(TL AOSIS)へ
D 破裂骨折
@麻痺重症化の危険因子
A遺残骨片と麻痺改善
B当センターでの破裂骨折の治療の変遷 前方か,後方か,前方+後方か?
C後方単独手術の問題点―前方支柱は必要か
E 脱臼骨折
@高位別脱臼の特徴と手術法
A後方固定術の適応と限界
].骨粗鬆症性椎体骨折
A 後方固定術の適応と限界
@後方固定術の適応と限界
A椎体骨折の診断―座位・仰臥位による単純X線動態撮影とMRI脂肪抑制T2強調画像
B 保存的治療―どのような外固定がbestか?
C 偽関節と遅発性神経麻痺
@偽関節の頻度
A遅発性麻痺の発生機序
B治療と問題点
D 椎体骨折後の後弯変形
@保存的治療
ABKP
BPVCR
Ⅺ.特殊な脊椎に起因する脊椎脊髄損傷
A 小児の脊髄損傷
@いわゆるSCIWORAの病態
A小児期の脊髄損傷の問題点
Bスポーツ(体育授業を含む)による脊髄損傷
B 強直性脊椎に合併した脊椎脊髄損傷
@脊椎強直を呈する病態
A診断における問題点
B治療上の問題点
C低侵襲手術や保存的治療の可能性
Ⅻ.慢性期の諸問題
A 全身
@起立性低血圧
A高位頚髄損傷に伴う呼吸不全に対する管理とNPPVの応用
B 四肢・体幹
@拘縮―ADL阻害因子となる拘縮をいかに予防するか?
A痙縮とそのコントロール
B麻痺領域の痛みとその治療
C褥瘡
D異所性骨化
E神経病性脊椎症と麻痺性脊柱変形
F外傷性(外傷後)脊髄空洞症
C 社会復帰支援
@利用し得る社会的資源(介護保険,障害者総合支援制度など)
A社会復帰のための環境整備
Bケアプランの策定を含めた具体的アプローチ
]V.リハビリテーション
A リハビリテーションの実際
@急性期―成功のカギを握る急性期からの積極的なリハビリテーション介入
A回復期―残存能力を最大限引き出してADLの向上を目指す
B リハビリテーションの課題
@リハビリテーションの阻害因子
Aロボットリハビリテーション
B電気刺激療法(治療的電気刺激と機能的電気刺激)
]W.看護法
A 排痰介助を含めた呼吸管理
@体位変換(体位ドレナージ)
A用手排痰介助
B 排泄管理
C 食事介助
D 体位管理と褥瘡予防―時間を決めた体位変換,棒坐などの道具の使い方
E 体温管理―頚髄損傷患者のうつ熱をいかに予防するか? 通常の発熱との鑑別点
F 移乗介助―移動用リフト(リフター)を利用すれば安全かつ介護者の負担にならない
@移動用リフト(リフター)による移乗(損傷高位C5以上の頚髄損傷患者)
A前方アプローチによる移乗(C6Bレベル以下の頚髄損傷患者および上肢筋力の弱い胸・腰椎損傷患者)
B側方アプローチによる移乗―胸・腰椎損傷患者および肩関節周囲筋力の強い頚髄損傷患者
C介助者1 人による軽介助での移乗(ある程度下肢支持性のある不全麻痺患者)
G 心理的サポート―医師だけではカバーできない患者の心理的側面にいかに寄り添うか?
H 自宅復帰に向けた家族指導
]X.脊髄損傷医療の現状と課題
A わが国における脊髄損傷医療環境の現状
B 脊髄損傷医療経済
]Y.脊髄損傷治療研究の現状―薬物ならびに細胞移植療法
A 脊髄損傷の病態
@一次損傷と二次損傷
B 薬物療法研究の現状
@顆粒球コロニー刺激因子(G-CSF)
A肝細胞増殖因子(HGF)
B抗Repulsive Guidance Molecule-a(RGMa)抗体
C 細胞移植研究の現状
@活性化マクロファージ
Aシュワン細胞
B嗅神経鞘細胞(OEC,OEG)
C嗅粘膜(OM)
D間葉系幹細胞(MSC)/間葉系間質細胞
E骨髄由来単核球細胞
F末梢血幹細胞(CD34陽性細胞)
G歯髄幹細胞
H胎児由来神経幹/前駆細胞
I胚性幹細胞(ES細胞)由来神経幹/前駆細胞
JES細胞由来オリゴデンドロサイト前駆細胞(OPC)
K人工多能性幹細胞(iPS細胞)由来神経幹/前駆細胞
LMuse細胞
D 患者を取り巻く環境
@再生医療ツーリズム
A脊椎損傷に対する自由診療の実態
B新規脊髄損傷治療の実用化への課題
改訂第2版の序
2006年に初版が刊行されて以来,本書は実践的な脊損診療マニュアルとして好評をいただいてきました.急性期から慢性期にいたる一貫した医療経験の蓄積を基に,同一施設の現場スタッフによる血の通った内容を有していることがその最大の特長であると自負しています.しかし,すでに初版から16年の歳月が経過し,この間数多くの知見が集積され,脊椎脊髄損傷医療は少なからず変化しています.「アドバンス」という名前にふさわしい,updateした内容を盛り込んだ全面改訂版を作るという故 芝啓一郎前院長の遺志を引き継ぎ,ようやくここに,改訂第2版を上梓することができました.
この16年間に脊椎脊髄損傷医療を取り巻く「潮流」は確かに変化しています.新たな分類が提唱され,手術の方法,適応は微妙に変化し,そしてより早期の脊髄除圧の効果を示す報告が注目を集めています.一方では早期手術に対して疑問を呈する報告もあり,さらに胸・腰椎損傷においては,脊髄の早期除圧というよりも全身状態の管理に重きをおいて二期的手術を行うダメージコントロールの考え方が主流となっています.また,再生医療においてもさまざまな試みが実施されており,一部実用化の道も開かれてきましたが,その検証はまだこれからの課題です.巷に溢れる報告や論文,レビューは時として何が正解で何が間違っているのか,脊椎脊髄外傷にたずさわる我々を今なお惑わせ,現時点での「潮流」が果たして将来のスタンダードになっていくのかさえ必ずしも明確ではありません.
外傷性の脊髄損傷発生率は100万人当たり年間50人程度であり,しかもその程度や予後は千差万別です.一般の脊椎外科医が遭遇する外傷性脊椎脊髄損傷の症例数は限られており,個々の症例において自身の選んだ治療選択肢が最善のものであったか内省することも少なくないでしょう.特に,全身管理,リハビリテーション,看護も含めた総合的治療が極めて重要となる重度脊髄損傷においてはなおさらです.総合せき損センターでは,これまで3,000例以上の急性期脊椎脊髄損傷の経験を有しており,詳細なデータベースの蓄積は1,000例以上に及んでいます.これらの知見は,急性期から慢性期まで,緊密なチーム医療の中で患者を見つめながら培ってきたものです.この改訂版は,これまで蓄積された経験を踏まえながら新しい知見を十分に盛り込んだ,全く新しい『脊椎脊髄損傷アドバンス』となりました.脊髄損傷医療における国内外の「潮流」を意識しつつも,現場感覚の「地に足がついた」実践本になっていると確信しています.
この度の改訂は,当初故 芝啓一郎前院長により発案企画されましたが,上梓まで実に5年以上の月日を要しました.執筆してくださったスタッフはもちろんのこと,執筆者との調整等にご尽力いただいた南江堂の仲井丈人氏,山本奈々氏をはじめとした編集部の皆様方のご尽力に心より感謝致します.この改訂版を,脊髄損傷医療の普及に情熱を傾けておられた故 芝啓一郎先生に捧げたいと思います.
2023(令和5)年春
前田 健
初版の序
脊髄損傷(脊損)は日常臨床で頻繁に遭遇する疾患ではない.脊損患者は救急現場から,あるいは慢性期の合併症を抱えて入院してくる.頚髄損傷(四肢麻痺)患者が入院してくるとその病棟は医師も看護師もパニックになるという話も聞いたことがある.また,最近の医療事情から,多くの急性期の患者は救急病院に搬入され初期治療が行われた後,リハビリテーション病院に転院しているようだ.したがって,私たちは脊損医療を経験することが少ないのみならず,急性期から慢性期に至る一貫した医療のあり方を肌で感じる機会がとても少ないのが現状である.
脊損に関する教科書は少なくないが,それらのほとんどが多施設の筆者による分担執筆である.その記載には,急性期の治療が慢性期の管理に連動していないものも少なくなく,また,医師,看護師,PT・OT間の密な連携がみえないように思う.
過去25年間に総合せき損センターにおいて急性期から入院加療してきた脊損患者数は1,900例超となった.その詳細なデータは何にも代え難い宝である.学会などで新しい知見も報告してきた.定説となっていたことに対して疑問を抱かせる事実の発見も少なからずあった.一方,行ってきた治療方針の中には反省させられることもあり,その結果を踏まえながら更なる前進の道を探ってきた.
そこで,この試行錯誤の中で育まれた臨床を何とか脊損医療に携わる方々に伝えるべく,趣向の変わった新しい脊損医療の実践書を出版することになった.まだまだ不十分な箇所も多々あることとは思うが,ようやく臨床に即しチーム医療を見据えた『脊椎脊髄損傷アドバンス―総合せき損センターの診断と治療の最前線』が完成した.執筆者はすべて当センターのスタッフまたは前スタッフであり,その豊富な治療経験に基づいた実践的な脊損診療マニュアルである.チーム医療を柱に急性期から慢性期までが一貫として記述され,当センターのデータも適宜掲載されている.臨床の場でご活用いただきたいと思う.読者からのご助言やご批判をいただく中で,もしご支援あって数年後の改訂を目指すことができれば望外の喜びである.執筆してくださったスタッフ,およびこの企画に賛同しその実現にご苦労を払ってくださった南江堂の皆様にも感謝いたしたい.
2006(平成18)年春
芝 啓一郎
初版発刊にあたって
総合せき損センターの設立25周年を記念して,『脊椎脊髄損傷アドバンス?総合せき損センターの診断と治療の最前線』が南江堂より出版されることを心から慶びたい.
私がインターンを終えて医師国家試験に合格したのは1964(昭和39)年であった.そして初めての研修病院は筑豊労災病院で,整形外科は50床を有し,その半数が炭坑の落盤事故による脊髄損傷患者によって占められ,全員が仙骨部に大きな褥瘡をつくっていた.退院するあてもなくリハビリテーションはまだまったく行われていなかった.ところが1995(平成7)年,赤津院長の後を受け,私が院長代理として総合せき損センターへ赴任してみると脊髄損傷者の治療がまったく一新されていた.
「早期治療・早期社会復帰」を合い言葉に,外傷性脊髄損傷患者が急患としてセンターに搬入されると,医師,看護師,リハビリテーション科技師,医療ソーシャルワーカー(MSW)が集まり,初期判定が行われる.ここで治療方針が決定され,手術の適応のある人に対しては手術(整復固定)が行われ,適応のない人には装具を装着し,翌日からは排痰の介助,無菌的間欠導尿,3時間ごとの体位変換が看護師によって行われ,関節の拘縮予防は理学療法士(PT)によって行われていた.このようにして脊髄損傷患者特有の肺炎・尿路感染・褥瘡・異所性骨化を防止していた.頚髄損傷患者でも褥瘡などの合併症をみたことがない.患者は1週間後にはベッドごと理学療法室や作業療法室に運ばれ,機能訓練を受けるのである.胸・腰髄損傷者は約6ヵ月で,頚髄損傷者は約1年で退院しているが,医用工学研究室の協力による自宅改造への助言も見逃せない.
新潟教育大学M教授は福岡に出張し,不幸にして交通事故に遭い当センターに救急入院された.1年半経過した頃,日常生活は自助具での食事,簡単な身の回り動作以外は全介助で電動車いすを運転していた.退院するにあたり雪国にある自宅は,1階を車庫,2階をバリアフリーとする住居改造が行われた.入浴も家族の少しの介助でできるようにとリフターが取り付けられた.1階と2階を電動車いすで昇降できるようにセンサー付きのエレベーターが設置された.そして奥様は自動車運転免許を取得して大学までの送迎を担当し,教授として定年までの1年間の講義を無事行われたのである.このような事例は『脊髄損傷者の社会復帰マニュアル』(植田尊善ほか:財団法人 労働福祉共済会,2004)に詳しい.是非一読をお薦めしたい.
翻って1973(昭和48)年,欧米に比べ遅れていた脊髄損傷の治療を改善すべく,故 天児民和氏(九州大学名誉教授,当時 九州労災病院院長)の提言を労働省が受け入れ,海外での調査が始まった.労働福祉事業団(現 独立行政法人 労働者健康福祉機構)に運営を委託され,1979(昭和54)年,この総合せき損センターは設立されたのである.年間70数名の外傷性脊髄損傷者を受け入れ,自宅復帰者は80%を超えている.脊髄損傷の治療は医師のみによってできるものではなく,コメディカルとのチーム医療が不可欠である.昨年受審した病院機能評価でもこのチーム医療が高く評価された.
今後も「脊髄損傷の専門病院であることを自覚し,救命救急の初期治療から社会復帰まで一貫した高度な医療を行います」という基本理念を堅持し,職員一同職責を全うしたい.
2006(平成18)年6月
総合せき損センター 院長 上ア典雄
本書は,2006年に初版が発刊されて以来,医療関係者にとって貴重なリソースとして受け入れられてきました.初版の編集者である芝啓一郎先生らによる総合せき損センターの豊富な医療経験と実践的知識が融合した本書は,急性期から慢性期までの脊椎脊髄損傷に対する医療に従事する医師,看護師,リハビリテーション専門家,研究者,そして患者やその家族にとってもまさにバイブルのような書物としての役割をはたしてきました.
初版の発行から16年が経過し,その間に新たな研究成果が集積され,脊椎脊髄損傷医療は多くの変化を遂げました.そのため,芝先生の遺志を引き継ぎ,新たな知見と最新の情報を取り入れた全面改訂版を作成することが本書の改訂第2版の目的であったと思われます.新たな手術方法や分類,再生医療における新しい試み,脊髄の早期除圧の効果についての報告など,16年間で蓄積された多くの新たな知見が本書に取り入れられています.
脊椎脊髄損傷についての包括的な理解と治療に対するアプローチは患者一人ひとりにより異なります.そのため,これらの新たな知見を適切に活用し,それぞれの患者に最善の治療を提供することが重要であり,本書はそのためのかけがえのない手引きといえます.実際,総合せき損センターでの3,000例以上の急性期脊椎脊髄損傷の経験と,1,000例以上に及ぶ詳細なデータベースをもとにつくられています.これにより,急性期から慢性期まで,緊密なチーム医療の中で患者をみつめながら培ってきた知見が凝縮されています.
本書は,改訂作業に5年以上の月日を要し,数多くの研究者や専門家の協力を得て完成されています.執筆者らは,現場感覚の「地に足がついた」実践的な知識と経験に基づいた,脊椎脊髄損傷医療の「潮流」を取り入れつつ,国内外の最新の研究と治療方法を紹介しています.
本書において,執筆者らは総合的な治療の重要性を強調し,全身管理,リハビリテーション,看護などを含めたアプローチを提唱しています.特に重度の脊髄損傷に対する対応は,きわめて重要であると述べています.それぞれの症例において,自身の選んだ治療選択肢が最善のものであったか否かを内省することを推奨し,自身の治療法やアプローチに対する意識的な評価をすすめています.また,緻密な解説と図表を通じて,複雑な医学的概念を理解しやすくしています.さらに,実際の症例や臨床シナリオを用いて,現実の状況に即したアプローチを提供しています.
本書は,新旧の知識と経験が融合した一冊となり,脊椎脊髄損傷医療を学ぶすべての人々に対する理解と治療法の選択を助けるための21世紀の新たなバイブルとなることでしょう.その豊富な知識と経験,そして地に足がついた実践的なアドバイスは,新たな脊椎脊髄損傷医療の「潮流」を把握し,それを適切に活用するための指南となるはずです.
本書にまとめられた現場での直接の経験から洞察された知識と情報は,臨床医,看護師,リハビリテーションの専門家,さらには患者とその家族にとって,日々の医療実践の中で非常に貴重なリソースとなるでしょう.そしてこれらの知識が脊椎脊髄損傷患者の生活の質の向上に寄与することを願っています.本書が未来の医療改善につながる新たな洞察と可能性を提供し,脊椎脊髄損傷治療のさらなる発展に寄与することを強く信じています.
臨床雑誌整形外科74巻12号(2023年11月号)より転載
評者●国際医療福祉大学整形外科教授・八木 満