橈骨遠位端骨折を究める
診療の実践 A to Z
編集 | : 安部幸雄 |
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ISBN | : 978-4-524-24537-6 |
発行年月 | : 2019年4月 |
判型 | : B5 |
ページ数 | : 254 |
在庫
定価11,000円(本体10,000円 + 税)
- 商品説明
- 主要目次
- 序文
- 書評
頻発する橈骨遠位端骨折の治療に関して蓄積された最新のエビデンスを踏まえ、従来法および種々の新しいプレート固定にいたるまで、診断・治療・評価に必要な知識を提供。解剖学的知見や治療技術といった専門家の判断・こだわりをも伝える、まさに橈骨遠位端骨折を「究める」ために必携の一冊。
I 橈骨遠位端骨折の疫学
A.発生状況およびその危険因子
1.発生率
2.受傷機転
3.骨折形態
4.他の脆弱性骨折との関係
5.発生にかかわる危険因子
B.治療方法の傾向と特徴
II 手関節の解剖・バイオメカニクスおよび受傷機転
A.橈骨遠位端の骨・軟部組織構造
1.橈骨遠位端掌側部の局所解剖
2.橈骨遠位端背側部の局所解剖
3.橈骨遠位端関節面の局所解剖
B.手関節のバイオメカニクス
1.手根中央関節
2.舟状月状骨間関節
3.橈骨手根関節
4.リハビリテーションへの応用
C.橈骨遠位端骨折の骨折型と受傷機転
1.TypeI:bending fracture
2.TypeII:shearing fracture of the joint surface(掌側Barton骨折,背側Barton骨折,橈骨茎状突起骨折)
3.TypeIII:compression fracture of the joint surface
4.TypeIV:avulsion fractures
5.TypeV:combined fractures
III 診断
A.診断の流れ:初診で診るべき所見
1.受傷機転の聴取
2.視診,触診
B.画像診断
1.単純X線
2.分類
3.CT
4.MRI
5.超音波
C.軟部組織損傷の診断
1.舟状月状骨靱帯損傷
2.三角線維軟骨複合体損傷
IV 治療
A.治療戦略
1.患者の傾向と治療方針の選択
2.診断アルゴリズム
3.治療アルゴリズム
B.保存療法−(1)総論
1.残存する変形の許容範囲−自験例より
2.保存療法における留意点
3.橈骨遠位端骨折の治療指針
C.保存療法−(2)橈骨遠位端骨折のキャスト法
1.最初からキャスト固定のほうがよい
2.適応
3.麻酔
4.整復
5.キャスト作製
6.患者指導
7.巻き替えと除去
D.手術療法−(1)総論
1.各種手術療法
2.適応および禁忌
3.手術のタイミング
E.手術療法−(2)各論
a プレート固定
1)各種ロッキングプレートの特徴
2)掌側ロッキングプレート
a.角度固定型(単方向性)掌側ロッキングプレート(monoaxial locking plate:MLP)
b.角度可変型(多方向性)掌側ロッキングプレート(polyaxial locking plate:PLP)
c.ハイブリッド型掌側ロッキングプレート(hybrid plate)
3)背側ロッキングプレート
4)ノンロッキングプレート
b 髄内釘
c 経皮的鋼線固定
d 創外固定(non-bridging,bridging)
e 鏡視下手術
F.その他の治療法:超音波パルス・電気刺激
1.低出力超音波パルス(low-intensity pulsed ultrasound:LIPUS)
2.電気刺激
G.尺骨茎状突起骨折・遠位端骨折の治療
1.尺骨茎状突起骨折
2.尺骨遠位端骨折
V 特殊な骨折の診断と治療
A.Smith骨折およびvolar Barton骨折
1.受傷機転
2.治療法の変遷
3.合併症
4.手術法の実際
B.関節辺縁骨折(marginal fracture)
1.概念
2.分類
3.治療上の注意点
4.治療戦略
C.骨粗鬆症性骨折
1.診断
2.治療
D.高度粉砕骨折
1.受傷機転と治療方針
2.症例提示
3.創外固定の一時的使用
VI 橈骨遠位端骨折変形治癒
A.手術適応および一般的手術法
1.病態
2.術式選択
3.手術術式
4.salvage手術
B.患者適合型ガイドとカスタムプレートを用いた手術方法
1.適応と禁忌
2.麻酔および手術体位
3.方法
VII リハビリテーション
1.目標の設定
2.評価項目
3.リハビリテーションメニュー
4.プログラムの作成
5.CRPSへの対策
VIII 治療成績評価
A.評価法
1.患者立脚型評価
2.医療者側評価
B.その他の評価法:機能的予後に影響する患者因子・骨折因子・治療(後)因子
1.年齢
2.骨折の重症度
3.変形治癒
IX 術後合併症とその対策
1.合併症と術後合併症
2.合併症を回避するための手術手技
3.合併症への対応
X 実践編:各プレートの特徴と具体的手術法
A.プレート固定における共通項
1.展開
2.整復法(condylar stabilizing法など)
3.固定法
B.各プレートの特徴と具体的手術法
a Acu-Loc plate
b DVR
c Variable Angle LCP
d Stellar 2
e Dual Loc Radiiシステム
f VariAX
g MODE
h APTUS
i HYBRIX
j 尺骨遠位端骨折用プレート
索引
序文
橈骨遠位端骨折の治療に携わったことのない整形外科医はいないはずである。それほど一般的な外傷の“教科書”ともいえる本をこの度発刊できる機会を得た。このきっかけは私が『橈骨遠位端骨折診療ガイドライン2017』策定委員会の委員長をさせていただいたことが大きく関与している。ガイドラインは基本的に論文を集積して得られた知見のエビデンスを評価し、現時点での標準的治療を提供するものと考えている。2017年4月に発刊後、様々なご意見をいただいた。そのなかには「このガイドラインには先生の意見が入っていない」と指摘する先生方も少なからずおられた。エキスパートオピニオンとしてある程度の意見は委員会として提供させていただいたが、ガイドラインとはあくまで客観的なものと捉えていたのでこれも致し方ないと考えた。しかし、私や理事を含めた15名の委員会のメンバーも、up to dateな自分の意見も発表したいと思われていたことと思う。そのような思いを察知した南江堂の方々にtimelyにそそのかされ(?)、今回の発刊にいたった。
私は昭和62年(1987年)に医師になり、その翌年より整形外科医として診療を開始した。当時の橈骨遠位端骨折の治療は、徒手整復、ギプス固定が原則で、多少あるいはかなりのギプス内転位を生じ、変形治癒にいたっても機能障害は軽度である、という認識であったと記憶している。3年ほど在籍したその病院では手術は皆無であった。その後cotton-loader肢位の固定による拘縮やCRPS、変形治癒による弊害などの合併症が指摘され、ピンニング治療が盛んとなって創外固定も一世を風靡した。2000年代になって掌側ロッキングプレート固定が瞬く間に一般的となり、現在の好成績が得られるようになった。この時代の変遷をつぶさに経験できたことはとても幸運であったと思う。
ご承知の通り本骨折の教科書には、2010年に発刊された斎藤英彦先生、森谷浩治先生の編集による格調高い名著『橈骨遠位端骨折−進歩と治療法の選択』がある。この本の業績を汚さないように、そして最新の知見を取り入れるべく、ガイドラインのメンバーを中心として計33名の先生方に執筆を依頼させていただいた。各先生方は30歳代から上は60歳になろうとする様々な年齢層であるが、いずれも本骨折の診療の第一線に携わっておられる方々である。その内容は、疫学、解剖、バイオメカニクス、診断、治療、リハビリテーション、治療評価、合併症を基本骨格として、高度粉砕骨折や骨粗鬆症性骨折、先端技術を使用した矯正骨切り術、さらに昨今、しばしば議題に取り上げられるmarginal fracture(volar rim fracture)を含んでいる。また実践編として、現在日本にて使用できる各種掌側ロッキングプレートと尺骨遠位端骨折用プレートについて、その特徴、実際の使用法とコツを、開発者あるいは経験豊富な先生方に述べていただいた。240ページものボリュームの原稿を校正するのは大変と当初は思っていたが、いざ始めると内容の面白さに2日で一気に終了させてしまった。ぜひ皆様も本書の隅々までお読みいただき、現時点での本骨折の最新の治療を実感していただきたい。
私の本骨折に対する手術治療の第一例目は1992年、創外固定にて治療した症例であった。以来これまで約1,000例に及ぶ本骨折の症例の手術を経験した。この間、様々な先生に本骨折の治療についてアドバイスをいただいた。特に小郡第一総合病院の土井一輝統括院長、光市立光総合病院の桑田憲幸院長には手の外科のイロハからご教授していただいた。米国コネチカット州のDr.H.Kirk Watsonには手関節の面白さを教えていただいた。また学会を通じて他大学、海外の先生方とも交流およびご指導していただいたことが現在の自分を支えているのは言うまでもない。また、本書の企画および制作において多大なご尽力をいただいた南江堂の諸氏を含め、この場をお借りして改めて深謝致します。
2019年3月吉日
安部幸雄
手の科学の進歩は著しい。橈骨遠位端骨折の治療も手の痛みの治療を含め従来の科学では扱いきれない部分をもっている。たとえば手には人間の顔と同じように表情と個性があり、人間の歴史と生活が刻まれている。Penfieldが示しているが、手は脳の広い範囲を占める。歴史的にも猿人類からヒトへの進化の過程で二足歩行を獲得し、これにより手が自由となった。ヒトは脳の進化と平行して手・前腕・肘が自由に使えるようになった。このように手の進化が脳、ことに大脳皮質の一次体性感覚野の進化に先行したことは明らかである。脳と手は密接な関係があるのである。手を扱う医師は高度の精神活動を表現する脳を理解すべきであり、脳を上手に使える手をつくるような感性と創造性豊かなアーティストとしての工夫も手の外科医には求められる。
本書は手の外科医が日常診療でもっとも遭遇する機会の多い外傷であり、奥義の深い、ダイナミックでかつ繊細な注意が必要な橈骨遠位端骨折を扱い、その治療を極めたエキスパートにより編集された。特に執筆者は日本整形外科学会および日本手外科学会から命を受けた『橈骨遠異端骨折診療ガイドライン』のメンバーである。その構成はまず発生状況と疫学から始まり、解剖・バイオメカニクス、画像診断を含む診断、そして保存的治療から外科的治療、リハビリテーションにまで及んでいる。さらにはSmith骨折やBarton骨折のような特殊な骨折の診断と治療、関節辺縁骨折(marginal fracture)、鏡視下整復法のような高度な技術を要するものの治療のポイントと話がすすんでいく。
編集を務められた安部幸雄氏(山口県済生会下関総合病院)も序文で記載されているように本骨折治療の変遷は、1980年代まではcotton-loader肢位の固定による関節拘縮や複合性局所疼痛症候群(CRPS)、正中神経麻痺、変形治癒などの弊害と合併症が指摘された時代であった。1979年9月、米国Mayo ClinicのCooney、Linscheid、Dobynsによる不安定型Colles骨折の論文が『J Bone Joint Surg Am』に掲載され、本骨折の不安定型の定義がなされた。彼らはいわゆる「手根不安定症」を世にはじめて唱えたグループである。本論文が契機となり、全世界で保存的治療の中に不安定型があるとのエビデンスから、ピンニングや創外固定による治療が主流を占めた。掌側ロッキングプレート固定が主流となり、優れた好成績が得られるようになったのは2000年代からである。外科医やアーティストといった高度に手を使う職種の患者にまで掌側ロッキングプレートによる治療が威力を発揮している。
本書の真骨頂はタイトルのとおり、橈骨遠位端骨折を真正面から取り扱い、その必要不可欠なことをきわめて論理的に説明されており、さらには具体的な臨床的手順とその注意点を列記していることである。加えて現行の臨床が落ち入りがちなピットフォールに警鐘を鳴らしている。本書では橈骨遠位端骨折に関することにとどまらず、機能解剖学と生理学から診断学、整復法、腱や神経を含めた軟部組織の取り扱い方、保存的治療および外科治療にいたるまでを研修医から上級医、専門医レベルにまでわかりやすく簡潔にそして最新知識までひろく論述されている。執筆者は臨床経験と教育経験の豊かなベテランばかりであり、研修医や専門医をめざす医師の目線に立ったわかりやすい文章で解説してある。
本書を契機に橈骨遠位端骨折のよりよい優れた治療だけでなく、手外科全体の高い専門性への理解と手・手関節、前腕領域のよりよい医療が本邦でも積み重ねられていくことを切望している。
臨床雑誌整形外科70巻12号(2019年11月号)より転載
評者●昭和大学整形外科主任教授 稲垣克記