人工膝関節置換術
編集 | : 日本人工関節学会 |
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ISBN | : 978-4-524-23374-8 |
発行年月 | : 2023年2月 |
判型 | : A4 |
ページ数 | : 488 |
在庫
定価19,800円(本体18,000円 + 税)
- 商品説明
- 主要目次
- 序文
- 書評
日本人工関節学会による,本邦の人工膝関節の臨床,研究成果を集大成したものである.人工膝関節の歴史から,解剖,バイオメカニクス,手術手技,術後成績,難症例への対処,合併症対策まで,本邦で積み上げられた研究内容を俯瞰し総括した内容となっている.若手,非専門医なども含む全整形外科医必読の実践書.
1章 歴 史
1 TKA 開発の歴史
2 日本におけるTKA開発
A 総論
B 児玉・山本/Mark U/KC-1/PCLR(岡山大学開発のTKA)
C Hy-Flex U Total Knee and Ligament Balancing System(日本医科大学開発のTKA)
D Hi-Tech Knee U
E LFA
F FNK
G Bi-Surface Knee
H FINE Knee
I Physio-knee
J ACTIYAS
K Quest Knee
L Future Knee
M Initia Knee
N Vanguard PSRP(Vanguard PS Rotating Platform Knee)
2章 解剖
1 膝関節の機能解剖
2 TKAに必要な解剖学的ランドマーク
3 解剖学的バリエーション
4 正常膝と変形膝の関節弛緩性
3章 バイオメカニクス
1 膝関節のバイオメカニクス
2 正常膝と変形膝のkinematics
3 TKA後のkinematics
A TKA後のkinematic(PS,CR)
B BCR-TKAのkinematics
C アライメントがkinematicsに与える影響
D 靱帯バランスがkinematicsに与える影響
E Kinematicsと術後成績
4 膝蓋大腿関節(PFJ)のバイオメカニクス
5 コンピュータシミュレーション
4章 バイオマテリアル
1 ポリエチレン
2 大腿骨インプラント
3 ポリエチレン摩耗の臨床研究
4 セメントレス固定
5 セメント固定
5章 インプラントデザイン
1 関節面形状
2 Mobile bearing
3 PCL substitution(PS,BCS,CS)
4 Medial pivot型
5 膝蓋大腿関節
A Patellar component
B Femoral component
6章 手術の目標 ―臨床成績とバイオメカニクスから
1 Coronal alignment
A Mechanical alignment
B Kinematic alignment
2 Sagittal alignment
3 Rotational alignment
4 軟部組織バランス/関節安定性
A 内側・外側/屈曲・伸展バランス
B 前後方向の安定性
C Mid-flexion stability
7章 術前計画
1 2D/3D planning
8章 基本的手術手技
1 手術手技の重要なポイント
2 皮切〜アプローチ
3 手術器具の適切な使い方
4 軟部組織バランスの計測方法
9章 TKAの手術手技と臨床成績
1 CR-TKA(measured resection technique)
2 PS-TKA(gap balancing technique)
3 BCS-TKA
4 CS-TKA
5 BCR-TKA
6 Medial pivot TKA
7 Kinematically aligned TKA
8 膝蓋骨置換
10章 CAS
1 Navigation/Portable navigation
2 PSI
3 Robot surgery
4 Sensor
11章 可動域改善
1 完全伸展を獲得する手術手技
2 屈曲角度に関与する因子
3 深屈曲を獲得する手術手技
12章 術後リハビリテーション
1 関節可動域(ROM)・歩行機能
2 筋力強化
13章 機能・画像評価
1 術後評価(PROMsなど)
2 画像評価
3 術後スポーツ活動
4 患者満足度向上のポイント
14章 難治症例への対処
1 高度内反変形
2 高度外反変形
3 関節外変形
4 屈曲拘縮・強直膝
5 骨欠損・骨粗鬆症
6 高度不安定性への対応
7 膝蓋骨脱臼・亜脱臼
8 関節リウマチ(RA)
9 Charcot 関節
15章 合併症対策
1 周術期疼痛対策
2 術後晩期疼痛対策
3 出血対策
4 深部静脈血栓症(DVT)対策
5 感染対策
6 金属アレルギー
16章 レジストリ
1 日本人工関節登録制度データ,JOANR
■ 序
このたび,日本人工関節学会の編集で『人工股関節置換術』および『人工膝関節置換術』の2冊の学術書を刊行する運びとなりました.わが国は,人工関節の進歩に大きな貢献をしてきたといっても過言ではなく,生体材料,生体力学といった基礎研究から,さまざまな臨床研究まで多くの業績をあげてきました.そこで,日本の人工関節研究の集大成を作り上げるという思いを込めて企画を行いました.
『人工膝関節置換術』は私が編集代表を担当し,『人工股関節置換術』は九州大学の中島康晴先生に編集代表をご担当いただくことになりました.2冊の本ができるだけ同じような構成になるように,歴史から始まり,バイオメカニクスなどの基礎研究,手術手技,術後成績などの流れは共通のものとしています.日本で開発された人工関節も冒頭に紹介させていただいています.現在,日本では欧米メーカーの人工関節のシェアが圧倒的に高いのが現状ですが,日本でも数多くの人工関節が開発されてきたことは重要なことと考えて取り上げました.
本書には,その内容に大きな特徴があります.執筆はわが国の人工関節の臨床・研究を牽引してこられた先生方にお願いいたしました.学術書の執筆は,通常は担当のテーマに対して自由に記載していただくのですが,今回は,日本の人工関節研究の総まとめという位置づけですので,ご自身の研究だけではなく,日本における研究を俯瞰して総括していただくことも併せてお願いしました.そのためにまず編集委員会では,それぞれの項目において日本の整形外科医・研究者が発表した英語論文をリストアップして執筆者の先生にお渡しし,できるだけ紹介していただくようにお願いしました.執筆者の先生方には,この趣旨をご理解いただき,編集作業にもご協力いただきましたことを厚く御礼申し上げます.もちろん日本の研究だけで論理構成ができるわけではありませんが,日本の研究が人工関節の進歩に大きな貢献をしてきたことを感じていただければ幸いです.
この2冊の書籍は,日本の人工関節研究の集大成という位置づけではありますが,人工関節に関する研究がこれで終わりということはもちろんなく,これからの研究を進める上での礎になるべきものと考えています.特に多くの若い先生方に読んでいただき,日本の整形外科医・研究者が英語の論文として発表したものが歴史の一部となり,学問の進歩につながっていることを実感していただくとともに,英語で発表することの重要性を感じていただければと思っています.人工関節にはまだまだ未解決の問題も数多く残されています.この2冊の書籍を通じて,それらの問題を解決すべく研究を行い,更なる進歩につなげていくという気持ちを強くしていただき,日本の人工関節研究が大きく推進されていくことを祈念しています.
2023年1月
日本人工関節学会
理事長 松田秀一
発刊にあたって
日本人工関節学会の編集で,本書『人工膝関節置換術』を刊行することになりました.編集代表者としてご挨拶申し上げます.人工膝関節に関する学術書は数多くありますが,学会による編集ということで,充実した内容にすべく編集委員会で意見を出し合って構成を考えました.日本の研究分野で強いところをアピールできるように,世界へ向けて研究成果を発表してこられた第一人者の先生方に執筆を依頼させていただきました.ご執筆いただいた先生方には,ご自身の研究だけではなく,日本の人工膝関節研究を中心にレビューしていただきました.お忙しい中,ご執筆いただいた先生方には改めて厚く御礼申し上げます.
内容につきまして少しご紹介させていただきます.まず人工膝関節置換術の歴史からはじまり,日本で開発された人工関節について,開発者もしくは開発のことをよくご存知の先生方から,そのコンセプトおよび臨床成績を紹介していただいています.基礎研究においては,日本が世界の研究をリードしてきた分野である,解剖学的ランドマーク,キネマティクス,バイオマテリアルの研究などについて多くの紙面を割きました.手術手技に関しては,手技そのものの記載の前に,手術目標とその理論的根拠を説明することが重要と考えました.バイオメカニクスと臨床成績をもとにした,現在推奨される手術目標という視点で,アライメントと靱帯バランスについて取り上げています.術前計画と各種の手術手技については,経験豊富な先生方に執筆をお願いしました.コンピュータ支援手術も,ロボット支援手術を含めて大きく進歩した分野であり,また,可動域改善は日本の生活習慣においては特に重要視されるもののひとつですので,詳しく取り上げています.術後のリハビリテーション,機能評価も近年大きく進歩しているところですので,最新の知見も含めて紹介していただきました.最後に,難治症例への対処および合併症対策については多くの項目に分けて執筆いただいています.人工膝関節置換術の発展に日本の医師・研究者が大きく貢献してきたことを感じていただけるような内容であるとともに,明日からの臨床にすぐに役に立つ内容にもなるように構成を考えました.
この『人工膝関節置換術』を通して人工膝関節の歴史,手術手技およびその理論的根拠について理解を深めていただき,更なる進歩を目指して新たな研究を行っていく動機づけにもなればと願っています.最後になりましたが,編集作業に尽力いただいた編集委員の先生方および南江堂の皆様に深謝いたします.
2023年1月
編集委員を代表して
松田秀一
2021年度の日本整形外科学会症例レジストリー(JOANR)年次報告によると,変形性膝関節症に対する人工膝関節置換術は整形外科手術トップ30の第2位に位置していることが報告されている.超高齢社会に突入した本邦において,変形性膝関節症は有病者数が約3,000万人,有症状者数約1,000万人ともいわれ,人工膝関節置換術は年間約10万人に施行されており,非常に身近な手術となっている.
私が医師免許を取得した当時,人工膝関節置換術は大手術であり,手術用防護服(通称「宇宙服」)を着用して長時間術野に入るのはたいへんなことであった.インプラントの素材やデザインの進歩と周辺機器の改良により,手術時間は大幅に短縮されるとともに治療成績も格段に改善されているのを日々感じている.人工膝関節置換術が身近になり,臨床成績が向上するにつれて,いざ自分が執刀させていただくころになると,先輩医師から「インプラントを挿入しておけば大丈夫」と,よくいわれたものである.もともとスポーツ障害や再生医療から膝関節外科を学び,関節機能の温存のむずかしさを実感していた私にとって,関節包を大きく切開し,膝関節内をすべて直視下で観察できる状況は驚きであった.また,大腿骨,脛骨の骨切り後に靱帯バランスを保ちながら大きなインプラントを挿入するという作業はそんなに簡単な手技にはとても思えなかったのを記憶している.現在でも正常な膝関節機能を再現することのむずかしさを日々痛感しているし,「インプラントを挿入しておけば大丈夫」などとは到底思えない.
話は変わるが,三菱航空機が開発していた国産初のジェット旅客機,三菱リージョナルジェット(MRJ)の計画の中止が2023年2月に発表された.試験フライトの映像をみて,その美しさにいつか搭乗できる日を夢見ていたのでたいへん残念であった.また,事業費約1兆円という巨大プロジェクトが中止になるものなのかとたいへん驚いた.その関連記事を読むと,MRJの失敗は旅客機の安全性を証明する型式証明書という1枚の書類を獲得できなかったことが計画の破綻につながったとある.川井昭陽社長は,「飛ぶ飛行機をつくることは簡単.安全な飛行機をつくることは非常に困難」とも述べている.すなわち,三菱航空機の技術者は飛ぶ飛行機をつくるすばらしい技術をもっているがゆえに慢心し,飛行機をつくることと安全性を証明していくこと(旅客機として運用すること)が異なることを理解しようとせず,謙虚さに欠けていたというのである.このような国家的損失につながる巨大プロジェクトが頓挫する原因が人の謙虚さにあり,また,人材育成の失敗にあることに恐怖を感じた.
話を元に戻すと,先ほど述べた「インプラントを挿入しておけば大丈夫」という経験豊富な先生のコメントを思い出す.熟練の経験でものを述べる先輩が後輩の可能性をなくしてはいないだろうか.謙虚さを欠いた,ただインプラントを挿入しておけばよいという人工膝関節置換術になっていて,安全で機能的な人工膝関節置換術を追求する次世代整形外科医の人材育成の失敗につながるのではないかと危惧している.
本書は人工膝関節置換術の日本の歴史から世界に報告してきた日本における知識・技術の結晶が詰まっている.いささかビジネスの香りが強いこの分野ではあるが,昨今の画像技術やロボット技術の応用により人工膝関節置換術は整形外科領域でもっとも技術が進歩している分野の一つではないかと考えている.それらを使いこなすのはこれからのデジタルネイティブ世代である.長期的にみると超高齢社会も少子化の影響で今後収束することが予想されるし,生活習慣の変化から人工膝関節置換術の治療対象の加速度的な減少も考えられ,ビジネス面からはいわゆる斜陽産業といっても過言ではないであろうか.もちろん変形性膝関節症に対する人工膝関節置換術が必須の技術であるのは疑いの余地はない.人工膝関節置換術を行う整形外科医として手術手技およびその理論的根拠(ただインプラントを挿入するのではなく)を学び,謙虚な姿勢で新しいもの,必要な技術を理解・応用し,よりよい人工膝関節置換術を行ううえで本書は非常に有用な書籍である.人工膝関節置換術が国家的なプロジェクトにはならないとは思うが,国家的,国民的な損失にならないように本書を整形外科医の人材育成に活用していただきたい.
臨床雑誌整形外科75巻2号(2024年2月号)より転載
評者●香川大学整形外科教授・石川正和