書籍

はじめての脳波トリアージ

2ステップで意識障害に強くなる

: 音成秀一郎
ISBN : 978-4-524-23272-7
発行年月 : 2024年2月
判型 : B5判
ページ数 : 226

在庫あり

定価6,380円(本体5,800円 + 税)


  • 商品説明
  • 主要目次
  • 序文
  • 書評

一見すると難しく,専門医の検査と思われがちな脳波について,チェックするポイントを2つだけに絞り,緊急性のある脳波のパターンを拾い上げて即座に治療方針を決める2ステップの判読法=“脳波のトリアージ”をスッキリ学べる入門書.Antaa Slide Award 2021を受賞した著者が,背景活動×てんかん性の所見で脳波を切り分け,意識障害の鑑別を最速化する鑑別のコツを伝授.ICUでの強力な武器を身につけて,目指せ!デキるレジデント!

本書を読み始める前に
アブストラクト2ステップでの脳波トリアージ
 1.脳波のトリアージ
 2.脳波には2種類の判読方法がある
 3.脳波でわかることは2つだけ
 4.脳波トリアージによる4つのパターン
 5.脳波トリアージ
 6.救急脳波の目的
 7.spikeと背景活動の判定
 8.脳の中心は10Hz
 9.アルファ波の見つけ方
 10.もっと簡単にアルファ波を確認する方法
 11.脳波トリアージの予備練習
 12.脳波トリアージのまとめ
 
入門編
第1章 まずは波の「形」から入ろう
 1.波形の名前と形─速い波と遅い波,高い波と低い波
第2章 spikeを攻略する
 1.形から入るspikeの覚え方
 2.背景活動の捉え方
第3章 背景活動を味方につける
 1.背景活動の判定
第4章 最強ツール「DSA」を使いこなす
 1.DSAで何がわかるのか?
 2.DSAでみる覚醒と睡眠
 3.DSAのバンド状パターンは後頭部優位律動(PDR)
 4.DSAのロジック
 5.カラースペクトラム(振幅)
 6.覚えておきたいDSAの正常パターンは2つ
 7.30分間のDSA変化(覚醒から睡眠)
 8.意識障害時のDSA判読
 9.正常な背景活動 vs. 意識障害のDSA
 10.意識障害時のDSA  
第5章 はじめての「脳波トリアージ」 
 1.意識障害の脳波トリアージの練習
 
応用編
第6章 もう迷わない! トリアージしたその先の判断
 1.意識障害の脳波は2種類だけ
 2.意識障害の脳波診断の5ステップ
 3.2つのステップで発作リスクを判定
 4.ICUでNCSEを見逃さないために
第7章 意識障害にワンランク上のアプローチ
 1.ictal-interictal continuumとは
 2.治療方針を決めるうえで参考にしたいこと
第8章 症例トレーニングで自信をつける
 脳挫傷後の症候性てんかん
 頭部外傷後のてんかん重積状態
 敗血症でICU入室後の意識障害
 脳梗塞後の一過性の意識障害─DSAでNCSEを時短診断
 頭部外傷後の発作の群発

はじめに

“脳のバイタルサイン”を自分の近くに
 見えているようで捉えられない,まるで頭蓋骨に閉ざされたイデア(観念)のように,意識障害の原因がわからないことがあります.なぜでしょうか? それは病歴やフィジカル,脳画像所見だけでは特定できない場合があるからです.そこで脳波が役に立ちそうですが,脳波について教わる機会がこれまでに1ミリもなければ,頼りになるのは専門医だけです.しかし,すぐにコンタクトがとれずアクセスがわるいことも多いでしょう.こんなとき,ほんの少しでも自分自身で脳波を読むことができれば次のアクションをすぐに起こせるのに…….そのような思いから,本書を手にとっていただいたのではないかと思います.

本書を読めばメキメキと脳波判読ができるように!
 と,もちろん言いたいところですが,残念ながらそのような魔法の書籍は実在しません.世の中のハウツー本がそうであるように,「読むだけ」であれば何も変わらないのです.ですが,皆さんも胸部レントゲンやCT 読影に関する人気書籍を手にとったときのことを思い出してみてください.それを読んで「これなら自分でもできるかも」とか「さっそく,明日チェックしてみよう」と思い,ワクワクしながら実際に行動にうつしたのではないでしょうか.そして,それらの経験がいつしか自分の強みになったのだと思います.つまり,読んだ後にどう行動したかが重要であって,その道筋には興味やモチベーションが欠かせません.
 筆者は大学院生のときに,京都大学医学部附属病院の池田昭夫教授のもとで脳波判読を学びました.そこでの経験はまさに目から鱗で,その衝撃的な感動とともに「これは,私と同じように脳波判読にまだ自信がもてない人に拡散しなければ」と勝手に使命感をおぼえ,2019 年に広島に戻ってから若手医師を対象とした脳波判読のセミナーを行うようになりました.その経験から確信したことがあります.脳波の「正しさ」を教わることももちろん大事ですが,それ以上に,脳波に対するハードルをまずはしっかり下げること,そうすればその後のモチベーション維持に自然とつながります.そこで本書は,たとえ神経や脳波の基礎知識がなかったとしても「脳波判読ってこんなザックリでもいいのか」とか「これなら自分でも挑戦できるかも」と感じてもらうことを最初の目的地としました.この世界に,生まれながらにして「neurology嫌い」の人はいません.ましてや生まれた瞬間から脳波アレルギーを患っていた人などいるはずがありません.結局のところ,初期研修の2年間までで,その領域にどれだけフレンドリーになれたかどうかの違いでしかなく,もっと解像度を高めれば「これなら嫌いじゃないかも」と感じる教育機会にめぐり合えたかの違いだけだと思います.だから個人のセンスの問題ではありません.視点を変えれば,この脳波アレルギーはいつでも克服できます.なぜなら,不足していたのは学ぶ機会だけだったからです.本書を読むことで,緊急でのポータブルレントゲンと同じくらいの感覚で脳波検査もオーダーができるようになり,またエコーや聴診器をちょっと当ててみるかくらいのテンションで波形をチェックする気持ちになってほしいと思います.まずは「脳波を,脳のバイタルサインを自分の近くにもってくる」から始めましょう.

脳波を正しく読むという呪縛
 どうやら私たちは「脳波は,正しく読まなければいけないもの」さらにいえば「正しく読める人しか脳波を読んではいけない」といった先入観にとらわれているように思います.ですが臨床の立場で言えば,決してそうではなく,むしろ深く読もうとしてはいけないのです.たとえばICUを回診中,突然のアラームとともに心室細動っぽい波形を目にすれば,皆さんは脊髄反射的にサッと動き出すでしょう.決して「いや,私は不整脈の専門医ではないので……」とは言わないと思います.大事なことは,専門医と同じような知識(特異度)があるかではなく「マズい」を見逃さない敏感な感度です.脳波も同じで,意識障害の判定というセッティングでは早期診断のための感度が重視されます.そこで本書の「脳波トリアージ」です.
 本書は,救急脳波をテーマとして,押さえるべきポイントを2 つだけに絞りました.具体的には「背景活動の不良」と「てんかん性の所見の有無」の2つのステップで構成されるトリアージです.緊急性のある脳波パターンを拾い上げる作業なので,てんかん外来などでの専門的な判読プロセスとは根本的に異なります.ですから,「脳波を読むこととはなんぞや」のようなフワフワしたものや,「脳波判読のお作法」的なカッチカチしたものは既存の良書にお任せし,脳波の細かいことをすべて省いた実践本として本書を仕上げました.そもそも,脳波の「正解」を導き出すことが私たち臨床医の目的地ではありません.意識障害のある患者の最終的な転帰を改善させること,つまり臨床の「最適解」に意義がありますので,そのプロセスの一環に意識障害の鑑別を最速化する脳波トリアージがあると考えてください.脳のバイタルサインを味方につければ,ICU での強力な武器となるでしょう.

ついに起きた「救急脳波ビッグバン」
 2021年,米国の臨床神経生理学会(ACNS)の提唱するStandardized Critical Care EEG(CCEEG)が大幅改訂され,救急脳波はその標準化とともに救急医療の領域で活発に議論されるようになりました.それまで不透明であった意識障害下の「脳」を少しでも可視化させるためのビッグバンとなったのです.しかし,まだエビデンスが十分でない領域であることも事実です.たとえば,てんかん性の意識障害に関して,どのような症例にどの薬剤をどの程度の力量で攻めるべきか,そしてその際の脳波所見の解釈はどうあるべきかなど不確実性が残っています.とくにCCEEG の対象となる患者背景はきわめて多様で複雑ですので,CCEEGの所見だけで患者の転帰を予測することは困難であり,脳波以外のパラメータも含めて患者を立体的に俯瞰することが何より重要です.その観点で,ICU では各専門職との連携,すなわちinterprofessionalismによる効率的な議論が不可欠でしょう.1つの領域に卓越しているだけでは,大局観でみることができないという当たり前のことを私たちは新型コロナウイルス感染症の時代から学びました.細分化された各専門領域の橋渡しをする「親和的な越境者」を,今,臨床が求めています.そして今後,CCEEGに関するエビデンスが飛躍的に構築していくと予測されますので,CCEEGにまつわる共通言語を共有すべきときが今まさにきているのだと思います.救急の最前線で活躍するレジデントやスタッフの皆さんが,本書をきっかけに救急脳波という言語と武器を習得することで,シームレスな連携を深めるICUでの越境者となり,患者の脳を守るための最大限のパフォーマンスを発揮できるようになれば,筆者はとっても嬉しいです.

2023年秋
音成 秀一郎

ICUでの脳波判定が必要な神経内科医・救急医に必携の一冊

 間違いなく,本書『はじめての脳波トリアージ』は,これまでの脳波の本にはなかった新たなタイプの卓越したハンドブックであると断言できる.今まで評者は,市川忠彦先生著の『脳波の旅への誘い』(星和書店)が最良の脳波の入門書であると繰り返し公言してきたし,この本の価値は今でも揺るぎないものであると感じている.一方で,『はじめての脳波トリアージ』は,新たな時代の神経内科医・救急医が脳波を学ぶ場合,とくに集中治療室(ICU)で脳波を活用する際には,最良のハンドブックであるということが今回読ませていただいてわかった.
 救急関連の学会でてんかん治療に関する講演を頼まれることが何度かあり,夜間に救急医が単独で,少なくとも発作時脳波を評価できるようになる程度まで脳波に習熟することは,学習のタイム・コストに比して割に合わない,無限に学ぶことがある救急医の時間をそのために使うのは非現実的だという話をしたことがある.多くの救急外来(ER)の現在の状況を考えると,専門医の応援が期待できない夜間・休日においてはとりあえず,けいれんを伴うてんかん重積の可能性がある症例はてんかんとしてトリアージし,動画撮影をしておいて,翌日に専門医のコンサルトを受けるというのが一番現実的な対処法ではないかと考えていた.
 density spectral array(DSA)を用いた4分類でのトリアージという考え方は,脳波判読の経験のない救急医にとっても,最小の学習コストで「けいれんを伴うてんかん重積の可能性」を狭めることができるという大きなメリットがある.本書で強調されている,脳波には読み取り可能な二つの大きく異なった情報があるという考え方は,評者も学生さんに脳波の判読法を解説するときに,常々強調してきたポイントである.その二つの情報とは,背景波とてんかん性突発波だが,著者の音成先生は背景波をposterior dominant rhythm(PDR)に落とし込み,さらにそれをα律動へと限定し,DSAにおいて,10 Hz前後にPDRのバンドがあるかないかといった形で背景波の判定を絞り込む.評者はこれについても学生さんに,まずは背景のα律動が読めるだけでも明日から脳波を活用できるという話をしていたが,場合によっては脳波をまったく読めなくてもDSAでPDRのバンドの有無に注意を払うことで,あくる日に脳波判読ができる専門医にコンサルトするまで介入を待てる症例を救急医がより多く拾える可能性を本書は開いたといえる.しかも最後まで読むと,ICUで専門医として脳波を活用することを目指す先生方の使用にも十分耐えるような高度な学習ができる構成になっている.つまりその人の必要に応じて,学習のためのタイム・コストを調節できるリーダー・フレンドリーな構成になっているのである.
 最後に少しばかり謝罪させていただきたいことがある.最近,脳波の電位マップツールで脳に色がつくのを悪用して,「こんなに色が赤いのは脳がめちゃくちゃになっているということです」と患者さんやそのご家族をだまして高額の自費診療費をとるクリニックがあるため,評者は「脳波に色がつく」ということに対するアレルギーをもっていた時期があり,本書をちらっとみて,「色がついた脳波の本だ!」と読みもせずに悪口を言ったことがあったからである(公にではなく,医局の先生にそっと言っただけなのだが……).本書を実際に読ませていただくと,本当に多くの症例をICUの現場で体験し,それらに対し脳波を道具としてフルに活用して,そこで得た知識を後輩や同僚に最短距離で伝達しようと長い間努めてこられた優れた臨床家だけが書きうる素晴らしい一冊だということがわかった.今後,ICUでの脳波判読のための必携の本となることは間違いないのではないかと思う.

臨床雑誌内科134巻1号(2024年1月号)より転載
評者●兼本浩祐(中部PNESリサーチセンター 所長/愛知医科大学 臨床特任教授)


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