“腑に落ちる”漢方処方
悩ましいケースで学ぶ 漢方薬の選び方と使い方
著 | : 田中耕一郎 |
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ISBN | : 978-4-524-23257-4 |
発行年月 | : 2022年12月 |
判型 | : A5 |
ページ数 | : 184 |
在庫
定価3,080円(本体2,800円 + 税)
- 商品説明
- 主要目次
- 序文
- 書評
臨床雑誌『内科』の好評連載が待望の書籍化!前半は,東洋医学と現代医学を橋渡しするための要点をまとめ,後半は各診療科で対応に難渋したケースを題材に,著者がコンサルトを受けた際の対応を実践的に解説することで,漢方処方の実際を追体験できる構成とした.巻末には,本書で用いられているすべての漢方薬について,著者の寸評を添えた一覧を掲載.「東洋医学を現代医学へ“翻訳”すること」のエッセンスが存分に込められた,漢方処方が“腑に落ちる”きっかけとなる一冊.
T 序 論
現代医学・東洋医学のバイリンガル
東洋医学を「中立に」学ぶ
東洋医学の概念〜“気”の解釈〜
ナラティブな東洋医学
AIと東洋医学
東洋医学の理論を導入した現代医学の研究
東洋医学にもある未開の領域
U 総 論 〜東洋医学の基本を学ぶ「やさしい教科書」〜
はじめに 伝統医学は人体や命をどのようにみていたか
@ 伝統的な医学書はなぜ難しいのか?
A “気”を理解するための四大元素説という基本ソフト
コラム 1 原子論の展開:現代医学の萌芽
B 体液病理説と固体病理説〜病は全身のバランスの崩れ? 臓器に存在?〜
コラム 2 文字認識も逆をいく東洋と西洋
1 診断学
A 陰陽の二元論(月・太陽)
コラム 3 “ The Book of Change”:あらゆる事象を二元論で表現した『易経』という謎の書物
B 気・血・水
@ 気・血・水は,気/血・水の二元論
A 人体における流体に注目〜体液病理説〜
B 気の生理機能
C 血・水:赤い体液と透明な体液
コラム 4 外来診察室での血虚のイメージ
コラム 5 血と水(津液)の概念は重なり合っている
コラム 6 気化
C 加齢・過労・心労
@ 気・血・水の不足した状態“虚”
A 患者の体質やある種の弱さにどう向き合うか
D 寒熱〜風呂を沸かすことに例えると…?〜
2 気象病学 天候が与える影響と症状:雨の日は憂鬱になるというけれど…?
@「気象病」になり得るかは人によって異なる
A 職業,職場環境,居住環境,季節も「気象病」に関係
B「気象病」の誘因は複合し得る
C「気象病」の引き起こす症状
D なぜ,気象により症状が誘発されるのか
コラム 7 季節の「気象病」対策
3 病理学 蓄積されていく病源物質
@ 血の量的変化“血瘀”
A 水(津液)の量的変化“水滞”,“飲”
B 痰飲・瘀血〜体内で起きている変容〜
4 Advanced ! 東洋医学的に病態を捉える
A 五臓
@ あらゆる人体の機能を5 つの系統に分類
A 1つの機能系統の中には,身体機能と,精神活動とが結びづけられている
B 機能系統の間での相互作用(促進系,制御系)で,5つのバランスを維持
C 臓器名とは直接関係なさそうな機能も含めている
コラム 8 古代ギリシアの臓腑概念
B 経絡
@ 東洋医学の体表解剖学,症候学の宝庫
A 身体症状を紐づけた診断
B 腹診
C 所見を前面,側面,後面に分けて考察
C 病期〜病の慢性化の推移(傷寒論を読む場合)〜
@ 陽病,陰病〜抵抗力の強弱とは身体の「熱量」〜
A 病位は体表部(表)から体内(裏)へ
B 五臓・経絡理論との一定の相関
コラム 9 『傷寒論』の対抗馬? 温病学とは
V 各 論〜東洋医学科での処方の実際:漢方が有効だった15ケース〜
ケース1 8ヵ月前から心窩部痛,ピロリ菌陰性,精神症状なし(60歳代,男性)
用語解説●腹直筋攣急(腹直筋の緊張)
ケース2 下腹部痛:14年前に子宮筋腫と卵巣囊腫手術(50歳代,女性)
用語解説●臍傍部圧痛
用語解説●舌下静脈軽度怒張
用語解説●気滞
用語解説●腸癰
ケース3 4年前から続く片頭痛と緊張型頭痛の混合型(60歳代,女性)
用語解説●虚寒証(陽虚証)
ケース4 双極性障害患者の不明熱(30歳代,女性)
用語解説●湿邪と水滞(飲),痰飲
コラム 10 精神症状が昂じると発熱する?
ケース5 マイコプラズマ肺炎治療後の慢性咳嗽,倦怠感(40歳代,女性)
コラム 11 生活リズムの見直しを
ケース6 心室性期外収縮の診断,最近動悸がしてきつい(50歳代,男性)
用語解説●心気虚(心の気虚)
用語解説●心陰虚(心の陰虚)
ケース7 膿瘍形成のある難治性乳腺炎(40歳代,女性)
用語解説●乳癰
コラム 12 東洋医学における既往歴の一元的解釈
コラム 13 複数の症状に対する一連の紐づけツール
ケース8 疲れているのに眠れない(40歳代,男性)
用語解説●説心熱
コラム 14 疲れているのに眠れないのは,なぜ?
ケース9 乳がん術後に生じてきた膝関節痛,関節のこわばり(40歳代,女性)
用語解説●気血両虚
用語解説●心血虚
コラム 15 腎陰虚と腎陽虚
ケース10 1年前から意欲低下し,うつ病と診断(70歳代,女性)
コラム 16 気血両虚の分類
コラム 17 重責,家事,介護の報われない思いや喪失体験は,“心”を傷つける
コラム 18 精神の“心”的,“肝”的,“肺”的要素
ケース11 ここ1年で増悪してきた左半身のしびれ(40歳代,男性)
用語解説●脈診:細
用語解説●脈診:尺無力
用語解説●腹診:胸脇苦満,心下痞硬
用語解説●血虚
コラム 19 感覚障害の日内変動
コラム 20 脳梗塞後遺症へのアプローチ
ケース12 15分ごとの尿意,尿意切迫時の疼痛(40歳代,女性)
用語解説●湿熱
コラム 21 アレルギー体質の改善:“解毒証”という概念
コラム 22 竜胆瀉肝湯の「瀉“肝”」とは?
ケース13 帯状疱疹後神経痛(70歳代,女性)
ケース14 更年期症状? ホルモン補充療法は希望しない(40歳代,女性)
用語解説●地図状舌・裂紋舌
用語解説●気滞・血虚(肝)
コラム 23 精神症状と血虚
コラム 24 人工知能と東洋医学
ケース15 今後のパンデミックに備えて〜新型コロナウイルス感染症(COVID—19)の例から〜
W 本書で用いる漢方薬一覧
表題の“腑に落ちる”とは,「反芻して自分のものとする」という意味を込めている.漢方は,実臨床を通じて原則をじっくりと練り込めば,生涯深めながら使い続けることができる.そのためには閉じても消えることのない媒体が必要である.
私が漢方を専門とするなかで感じているのは,「ロジックは人文科学的であるが,一定のソフトを入れれば運用できる」ということと,「漢方を通じ,患者を観る洞察力がより深まり,臨床を味わい深いものにしてくれる」ということである.
現在,中国,韓国では,“漢方医”と“西洋医”という異なった2 つの医師免許があり,漢方の病院と西洋の病院とは別々に設立され,独自に医療が行われている.一方,日本では現代医学を主とし,免許は1 つに統一されている.そして,卒後の研鑽を通じて,一人の医師が両方を駆使することが可能となっている.これは日本独自の特色であり,現代医学に漢方という他の選択肢を織り込むという点で,世界的にみれば理想の環境にある.
江戸時代の国学者,本居宣長は,中国の陰陽五行を空理空論と一刀両断し,思弁性を排除した日本的思惟,感性を提唱した.この傾向は漢方の中国と日本の現状にも当てはまる.現在の中国では厳密な理論構築によって思考が硬直化しがちで,日本では理論の簡素化により病態生理の考察が簡略化されがちである.臨床力を深めるためには,どちらの思惟的特徴も貴重である.本書では,敢えて理論的基盤を重視し,インド,中国を通じて展開されてきた東洋の叡智を広く深く学ぶことで,日本的な東洋医学の創造深化につながることを意図している.
本書では,総論,各論の相互には参照ページを多数盛り込み,総論,各論のどちらから読んでもよい構成となっている.
各論にあたる模擬症例では,以下の点に留意した.
@ できるだけわかりやすく,かつ体系の奥行きを感じ,以後の研鑽に生かせる内容にした.
A 専門的な用語解説や発展編をコラムとし,症例はできるだけ簡潔に記載した.
B 総合病院での紹介を受ける形式にして,漢方治療により差別化ができる分野に焦点を当てた.
また,多忙な毎日の中,人を観る感性を研ぎ澄ましつつ,時には緩める工夫として手に取って美しいイラストも随所に設けた.
本書が,漢方初学者のみならず,ベテランの読者諸兄姉にとって漢方研鑽の一助になれば幸いである.
2022 年11 月
田中耕一郎
あなたはどうして,その漢方処方をしていますか?
「その漢方処方をしている根拠は?」と聞かれたときに,諸兄姉はどのくらい自信をもって根拠をいえるであろうか?
「ガイドラインで推奨されている」「エビデンスデータで有効性が示されている」「勉強会・講演会でお薦めされていたから」「見様見真似や以前使って効いたから」「何となく前医の処方の踏襲」など,さまざまな理由があるかもしれない.
基本に立ち返って添付文書の「効能又は効果」をみても,短文で同じ文章が書いていて,類似効能をもつ処方との使い分けはわからないか,あまりにも多彩な病態への適応が記載されていて,いったい何のための薬なのかさっぱり理解できない.
一方で,エビデンスデータに従って漢方薬を使えばよいかというと,医療用漢方製剤だけでも148処方存在しており,それらすべてのエビデンスデータはまだ不十分である.また,そもそも漢方は独自の理論で開発され,通常の現代医学の診断概念とは異なる病態の捉え方とそれに対応した処方という関係なので,単にエビデンスに従って使用しても,漢方薬の効果を十分に発揮できない.添付文書にも「重要な基本的注意」として「本剤の使用にあたっては,患者の証(体質・症状)を考慮して投与すること」という一文が必ず記載されており,どうやら国としても漢方的なことを理解して処方することを求めているらしい.また,医学教育モデル・コア・カリキュラムでも漢方が必須項目に入り,若い医師は「漢方とは何か」を学んでくる時代になっている.
では,漢方を理解したうえで処方するためにはどうしたらよいであろうか? 大部の専門書をみると独特の専門用語が並んでいて,基礎概念を一から理解しないと読み解けず,漢方を理解して漢方薬を自由自在に使えるようになることを夢見ても,到底たどり着けないという徒労感を味わうのではないであろうか?
そんな諸兄姉に朗報である.わずか180頁程度の紙幅で最低限の基礎概念を示し,漢方概念がわかりにくく感じる理由を説明したうえで,その理解・学習の方法を示している.加えて,漢方概念を使って見事に対応できた症例をわかりやすく,丁寧に解説することで,その概念への理解を深めるとともに,応用が利く臨床でのポイントも紹介しているのである.さらに詳しい内容や,本書で扱われている処方の基本的な事項について短文で解説しており,より深く勉強するための資料も紹介している.まさに,初めて勉強しようというときに丁度よい内容なのである.それだけではなく,漢方を理解して自由に使いこなすことで,現代医学しか知らない医師では手が届かない,悩ましいケースにも対応できる方法論を身につけることができるよう,一歩進んだ内容までもが示されている.こうした魅力的な教育書になっているのは,著者が医学の道へ進む前に,教育学部を卒業し,教材の提供に定評がある福武書店(現:ベネッセコーポレーション)に勤務していたため,教育の領域に明るいことと深く関係しているであろう.
まさに,漢方が“腑に落ちて”,身につき,そして力になるための第一歩の本の出現である.
臨床雑誌内科132巻1号(2023年7月号)より転載
評者●熊本赤十字病院総合内科 部長 加島雅之