気管支拡張症Up to Date
編集 | : 長谷川直樹/森本耕三 |
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ISBN | : 978-4-524-23175-1 |
発行年月 | : 2022年5月 |
判型 | : B5 |
ページ数 | : 212 |
在庫
定価6,600円(本体6,000円 + 税)
- 商品説明
- 主要目次
- 序文
- 書評
一時は「消えゆく疾患概念」と考えられていた気管支拡張症だが,欧米において嚢胞性肺線維症と関連しない症例の増加から大規模な患者レジストリへと進展し,近年目覚ましい研究成果をもたらしている.いまや呼吸器領域の一大カテゴリーとなった気管支拡張症について,欧米の最新知見を踏まえ,臨床像から病態,疫学,診断や重症度分類,治療と管理までを体系的にまとめた.
1 気管支拡張症とは
A.気管支拡張症の画像
B.気管支拡張症の臨床像
C.気管支拡張症の病態・免疫
D.気管支拡張症の疫学
2 原因疾患と検査の進め方
3 原因・併存疾患ごとの気管支拡張症の病態
A.免疫不全
B.慢性閉塞性肺疾患(COPD)
C.気管支喘息
D.アレルギー性気管支肺真菌症(ABPA)
E.結核後遺症
F.膠原病
G.びまん性汎細気管支炎(DPB)
H.原発性線毛運動不全症(PCD)
I.その他のまれな病態[黄色爪(yellow nail)症候群,炎症性腸疾患など]
J.慢性副鼻腔炎(副鼻腔気管支症候群)
4 感染と気管支拡張症
A.緑膿菌
1)細菌学的特徴
2)気管支拡張症の病態に対して与える影響
B.ノカルジア
C.その他の細菌
D.ウイルス
E.真菌
5 非結核性抗酸菌(NTM)症と気管支拡張症
A.肺MAC症
B.肺M. abscessus 症
C.肺M. kansasii 症
D.NTM による気管支拡張
6 重症度分類
7 急性増悪の定義と病態
8 気管支拡張症の治療と管理
9 マクロライド療法の理解と動向
10 欧米の吸入抗菌薬開発の経過と動向
11 理学療法とリハビリテーション
12 外科治療
13 血管塞栓術
14 研究トピックスオーバービュー
A.気道上皮
B.肺のマイクロバイオーム
C.バイオフィルム
15 近年の薬剤開発(RCT)の動向
気管支拡張症はその名のごとく形態的な疾患名であるが,その病態はなんらかの原因により惹起された慢性持続性の気道炎症から,クリアランス機能の低下および支持組織の破壊により気道内径の拡張を呈するものであり,症候群と言える.約半数は原因を特定できない特発性とされるが,原因は多岐にわたる.欧米ではクロライドイオンチャネルの遺伝子異常に起因する全身の外分泌腺異常を呈する囊胞性線維症(CF)が多く,本疾患に起因する気管支拡張症が注目され数多くの研究が発展してきた歴史がある.一方,本遺伝子異常はアジア人種にはまれで,CFが少ないこと,かつて慢性の気道炎性疾患として日常臨床でも経験する機会があった難病であるびまん性汎細気管支炎が,我が国から発信されたマクロライド長期少量療法により,そのほとんどが治癒可能となったこと,その後,我が国では慢性好中球性気道炎症に対して同療法が耳鼻科医を含め日常的に行われるようになったこと,なども関連していると推察されるが,慢性気道炎症性疾患である気管支拡張症への関心が低下した.それには,気管支喘息やCOPDなどの代表的な気道系呼吸器疾患に併存するために注目されにくい,という点も関連していると考えられる.欧米でもCFに関連した気管支拡張症には精力的に取り組まれてきたが,CFと関連のない気管支拡張症(non-cystic fibrosis bronchiectasis:NCFBE)はorphan diseaseと認識されてきた.しかし,2000年以降,欧米ではCT撮影頻度の増加,医師の関心の高まりからNCFBEが注目されるようになり,欧州ではEuropean Multicentre Bronchiectasis Adult and Research Collaboration(EMBARC),米国ではUS Bronchiectasis Research Registry(USBRR)などの大規模な症例レジストリーが進められ,臨床研究の場面において目覚ましい発展が続いている.
研究テーマは,臨床研究から先天的な構造異常,免疫異常,線毛機能異常など多岐にわたるが,感染に関連するもの,中でも緑膿菌は最も重要な菌種であり特に活発に研究されている.これらの多角的研究が進められ,NET(neutrophil extracellular trap)などendotypeからの疾患理解や,マクロライド療法の再評価,吸入抗菌薬や増悪に関連する好中球機能を標的とする新薬の開発も進んできた.さらに患者の視点も取り入れた重症度分類なども創出され,ガイドラインも策定されている.
今や,NCFBEは呼吸器領域において慢性閉塞性肺疾患,気管支喘息,間質性肺疾患,肺癌,肺循環疾患,睡眠時無呼吸症候群,ARDS,呼吸器感染症などに並ぶ呼吸器疾患のカテゴリーとなっている.気管支拡張症は欧米を中心に,欧州では欧州呼吸器学会の感染症・抗酸菌関連のAssemblyが,米国では非結核性抗酸菌(NTM)症を主要な研究テーマとするグループが中心になり研究が進められており,2016年からは欧米を中心としてWorld Bronchiectasis Conferenceが開始され,2021年からは毎年6月4日をWorld Bronchiectasis Day(世界気管支拡張症の日)と定め各国,各地域の呼吸器系学会と連携して本疾患に対する関心を高め,国際的な連携の輪を広げる取り組みも進められている.
世界的にNTMによる慢性難治性感染症である肺NTM症が著増しているが,画像所見に基づくその病型分類でも結節・気管支拡張型と呼ばれる病型があることからも,本疾患が気管支拡張症と密接に関わる疾患であることがわかる.この点については,肺NTM症が,肺末梢の小結節性陰影から気管支拡張症まで進展する病態と,先行する気管支拡張症にNTMが感染し進展していく病態について,その鑑別を含めて議論は絶えないが,我が国は世界的に見ても同症の罹患率,有病率が極めて高く,感染症学的視点から病因に基づく肺NTM症,呼吸器内科的視点に基づく気管支拡張症との接点や関連性に関して,今後我が国で様々な検討が進むことが期待される.結核罹患率が減少し,数年先には結核低蔓延国となる我が国では肺NTM症がますます注目され,それに伴い気管支拡張症への関心も高まると思われる.副鼻腔炎を合併する,欧米では理解されないいわゆる副鼻腔気管支症候群など,アジア人種に多い病態もあり,日本人の,そしてアジア人の気管支拡張症について,独自の視点に基づく研究が進むことを期待したい.
本書はNCFBEに注目した我が国初の書籍である.気管支拡張症は,その原因からも,喘息,膠原病,COPD,PCDなど多岐にわたり,新たな視点で呼吸器疾患を学びなおす機会を与えてくれる.我が国では気管支拡張症への注目度はまだまだ低いが,関心のある皆様に本書をぜひお読みいただき,本症についての理解を深めるきっかけになれば執筆者一同幸甚である.
2022年4月
森本 耕三
長谷川直樹
NCFBEをはじめ,最新の知見が凝縮された明日の診療・研究に役立つ一冊
気管支拡張症は,咳嗽,喀痰,反復する気道感染がみられる慢性呼吸器疾患であり,さまざまな原因により生じた慢性的な気道炎症,気道構造の破壊,クリアランス障害,感染症という四つの異なる要素が相互に影響しながら不可逆的な気管支拡張を生じる状態をいう.気管支拡張症は,病態に多様性があり,原因は多岐にわたる.本疾患の診療にあたっては原因検索が非常に重要である.本書第2章の「原因疾患と検査の進め方」にも書かれているとおり,原因を特定することにより,5〜37%の症例で治療や管理の方策が変わると報告されており,積極的な原因検索が結果として予後改善にもつながると考えられている.
近年,欧米では気管支拡張症,なかでも非囊胞性線維症性の気管支拡張症(non-cystic fibrosis bronchiectasis:NCFBE)が注目され,研究も盛んに行われるようになってきた.気管支拡張症が注目されてきた背景の一つには,新型コロナウイルス感染症(coronavirus disease 2019:COVID-19)パンデミック前に,製薬企業が感染症領域での新薬開発から撤退する傾向が強かった時期があり,呼吸器感染症の研究者が新たな研究領域を開拓していく機運が高まったことがある.この際の注目領域として気管支拡張症,とくにNCFBEがあがり,大規模な症例レジストリーが組まれるようになった.研究が進んできたこともあり,近年さまざまな知見が蓄積されつつある.
本書は,以下の点が印象的である.
•最近の知見が凝縮されており,本邦での現状,臨床的な実状も踏まえたうえでの解説がなされている.
•実際の臨床において気管支拡張症患者をみた際の原因検索の具体的なアプローチにも触れられている.
•気管支拡張症の代表的な原因疾患・併存疾患の病態について簡潔に記載され,また症例提示もされているので,症例のイメージがつきやすい.
さらに,欧米では囊胞性線維症が気管支拡張症の代表的疾患であるが,本邦ではまれでNCFBEが多い.NCFBEの原因として感染後(小児の気道感染症,肺結核症,肺非結核性抗酸菌症など),免疫不全症,慢性閉塞性肺疾患(chronic obstructive pulmonary disease:COPD),気管支喘息,膠原病,アレルギー性気管支肺アスペルギルス症(allergic bronchopulmonary aspergillosis:ABPA),粘液線毛異常,炎症性腸疾患などがあり,原因が不詳のものが特発性となるが,このなかでも本邦では肺非結核性抗酸菌症が多いという特徴がある.本書の一つの特徴として肺非結核性抗酸菌症にも力点を置いて解説している点もあげられる.また本邦では,欧米に比べてCT検査を施行しやすい環境にあるために,気管支拡張症で重要な画像の詳細な解析を行いやすい.この状況も踏まえて本書では本邦の実臨床に合わせた形での診断アプローチについて書かれている.
気管支拡張症での重要なポイントとして,早期診断,原因検索,喀痰培養,気道クリアランスを得るための理学療法を含めた多面的なケアがあげられる.とくに,喀痰などから緑膿菌が検出されているか否かは重要である.この点についても,本書ではしっかり記載されている.
気管支拡張症は,原因が多岐にわたり,病態にも多様性がある症候群であるが,本書を読むことで気管支拡張症をオーバービューすることができ,また理解がより深くなる.本書は明日の診療や研究に役立つ一冊である.
臨床雑誌内科131巻1号(2023年1月号)より転載
評者●名古屋大学医学部附属病院呼吸器内科 助教 進藤有一郎