薬剤性肺障害 分析ファイル
ビッグデータを紐解くエキスパートオピニオン
著 | : 弦間昭彦 |
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ISBN | : 978-4-524-23076-1 |
発行年月 | : 2021年5月 |
判型 | : A5 |
ページ数 | : 112 |
在庫
定価3,850円(本体3,500円 + 税)
- 商品説明
- 主要目次
- 序文
- 書評
薬剤性肺障害の第一人者である弦間昭彦先生の“がん薬物療法における薬剤性肺障害”に関するこれまでの診療・取り組みの集大成.薬剤性肺障害の要因やモニタリングの考え方といった総論的知識から,各薬剤の市販後全例調査結果の解釈の仕方,注意すべき病態やフォローポイントまで,学会編集の手引きでは語られないエキスパートオピニオンが詰まった一冊.
T章 薬剤性肺障害を捉える
■ 薬剤性肺障害の病態とビッグデータから考えられる要因
■ モニタリングの考え方
■ エビデンスを解釈するときの注意点
U章 各薬剤の薬剤性肺障害の実際
1.EGFR阻害薬(ゲフィチニブ,エルロチニブ,アファチニブ,オシメルチニブ)
■ ゲフィチニブ(イレッサ)
トピックス はじめての薬剤性肺障害に関する前向き総合的大規模調査
トピックス first-in-class の薬剤で特に注意すること―使用例数の多さ,PS 不良例への使用
トピックス 中間報告において,死亡者の既存肺に注目
ここでウラ話 夢の薬―想定外の副作用が社会的に注目される
ここでウラ話 日本での薬剤性肺障害問題の共有
■ エルロチニブ(タルセバ)
トピックス 10,000 例を超える空前の市販後全例調査
トピックス first-in-class(ゲフィチニブ)と発生状況が異なる
トピックス ビッグデータ収集の状況が重要―全数調査と登録のみの時期の発現率は変化する
トピックス 膵癌と肺癌の発生状況の違い―既存肺の状態に関与?
トピックス faint infiltration はheterogeneous な集団―取り扱いの難しさ
■ アファチニブ(ジオトリフ)
トピックス 治療ラインの症例選択バイアス
■ オシメルチニブ(タグリッソ)
トピックス 免疫チェックポイント阻害薬との相互作用に注意
トピックス 再投与の可能性は?
■ バンデタニブ(カプレルサ)
2.抗EGFR抗体(セツキシマブ,パニツムマブ,ネシツムマブ)
■ セツキシマブ(アービタックス)
トピックス 頭頸部腫瘍の特性―誤嚥は日常であり,放射線照射の影響がある
■ パニツムマブ(ベクティビックス)
トピックス セツキシマブとパニツムマブ共通―DAD 高確率の問題38
■ ネシツムマブ(ポートラーザ)
3.mTOR阻害薬(テムシロリムス,エベロリムス)
■ テムシロリムス(トーリセル)
■ エベロリムス(アフィニトール)
トピックス バイオマーカー(KL-6,SP-D)の上昇は画像より早い?
ここでウラ話 Grade 1 の対応と日本人のモニタリング―海外に特殊性を認めてもらう
トピックス 感染症との鑑別―免疫抑制薬長期投与による感染と薬剤性肺障害の鑑別の難しさ
トピックス 高頻度の有害事象とその後の治療への影響
4.プロテアソーム阻害薬(ボルテゾミブ)
■ ボルテゾミブ(ベルケイド)
トピックス first-in-class で個人輸入による使用が進む
トピックス 特殊な病態の薬剤肺障害の存在
ここでウラ話 日本血液学会との連携で早期の使用法改善が進む
5.免疫チェックポイント阻害薬(ニボルマブ,ペムブロリズマブ,アテゾリズマブ,デュルバルマブ)
■ ニボルマブ (オプジーボ)
トピックス 免疫チェックポイント阻害薬に特徴的な間質性肺炎
■ ペムブロリズマブ(キイトルーダ)
■ アテゾリズマブ(テセントリク)
■ デュルバルマブ(イミフィンジ)
トピックス 局所進行肺癌における免疫チェックポイント阻害薬投与の特殊性
6.血管新生阻害薬(スニチニブ,ソラフェニブ,ベバシズマブ)
■ スニチニブ(スーテント)
■ ソラフェニブ(ネクサバール)
■ ベバシズマブ(アバスチン)
7.他の分子標的治療薬(クリゾチニブ,アレクチニブなど)
■ クリゾチニブ(ザーコリ)
ここでウラ話 胸水をリスク因子とした経緯―企業と筆者ら医療者の対応
■ アレクチニブ(アレセンサ)
■ トラスツズマブ(ハーセプチン)
■ ペルツズマブ(パージェタ)
■ パルボシクリブ(イブランス)
8.抗体薬物複合体(ADC)(トラスツズマブ エムタンシン,トラスツズマブ デルクステカン)
■ トラスツズマブ エムタンシン(T-DM1,カドサイラ)
■ トラスツズマブ デルクステカン(エンハーツ)
トピックス COVID-19 蔓延期の注意点
9.抗がん薬(TS-1,タキサン系,CPT-11,白金製剤など)
■ ブレオマイシン(ブレオ)
■ CPT-11(トポテシン,カンプト)
■ テガフール・ギメラシル・オテラシルカリウム配合(ティーエスワン,TS-1)
トピックス 臓器によって障害に違いがある
■ 白金製剤;オキサリプラチン(エルプラット)
■ 白金製剤;ミリプラチン(ミリプラ)
■ ペメトレキセド(アリムタ)
■ アムルビシン(カルセド)
■ ゲムシタビン(ジェムザール)
はじめに 薬剤性肺障害検討会議の経験
薬剤性肺障害は,多くの薬剤が用いられる現在の日常医療において,しばしば経験する病態であり,現在,薬剤はびまん性陰影を呈する肺病変の大きな要因のひとつとなっている.
近年,世界的に分子標的治療薬の開発競争が進むとともにその臨床開発過程のグローバライゼーションが進み,特に腫瘍の領域では,日本人での治験症例数が従来よりも減少している状況である.その一方で,薬剤性肺障害においてその発症に人種差があることが報告されている.特に日本人は,予後の悪いびまん性肺胞傷害(diffuse alveolar damage:DAD)を起こしやすい可能性があるといわれている.つまり,頻度の低い有害事象である薬剤性肺障害は人種差のある可能性が指摘されつつあるものの,十分に分析できないまま,日本で承認・使用されることが避けられない状況となっている.
しかし,そのような状況のなかで,わが国では他国で類をみない調査,すなわち薬剤市販後の大規模な施設限定の全例調査が行われてきた.その調査により,一般的に頻度が低いが,重篤な有害事象である薬剤性肺障害でも,比較的正確で十分な情報を収集でき,発現状況が得られてきた.この調査や解析を通じ,薬剤性肺障害の正確な頻度,危険因子,病態などの情報が蓄積されて適正使用への重要な知見となっている.このような有害事象についてのエビデンスは,症例選択が臨床現場に近似するため症例選択バイアスが少ないビッグデータによる解析が適したものと考えられる.
今回,本書では薬剤性肺障害のビッグデータ解析の検討会議の経験から,私なりの捉え方や考え方について概説した.具体的に,まず「T章」では,これまでの知見を踏まえて,薬剤性肺障害の病態や要因,モニタリングの考え方,エビデンスをみる際の注意点などをまとめた.次に「U章」では,市販後全例調査の結果,その調査からみえてきた特徴的な病態や投与時の注意点,特記すべきトピックスや私の経験談などのウラ話を薬剤別にまとめた.特に重要なトピックスや注意点などを紹介する際,最終的な論文にすべて表現されることはまれであり,企業からの中途の情報公開で明らかにされている重要な情報もあるため,論文と企業からの情報公開資材を適宜示す場合がある.ご了承いただきたい.
以上,本書は通常の薬剤性肺障害の基本的知識をまとめたものではなく,学会編集の手引きや教科書などの書籍では語られない内容を多く盛り込み,今後の呼吸器・がん診療のマネジメント・臨床現場で参考にしていただける内容を目指した.ぜひ本書を,種々の経験,困難な状況の共有に活用いただき,お役に立てていただくことを願う.
2021 年4 月
弦間 昭彦
このたび,日本医科大学学長・呼吸器内科学分野教授,日本肺癌学会理事長である弦間昭彦先生が『薬剤性肺障害分析ファイル:ビッグデータを紐解くエキスパートオピニオン』を上梓された.弦間先生は,肺がんおよび呼吸器内科の専門家として,多くの薬剤の市販後調査,とくに薬剤性肺障害の評価・解析に関わってこられた薬剤性肺障害研究の第一人者である.
抗がん薬による肺障害は古くから知られ,古典的にはbleomycinによる肺障害が有名で,その後irinotecan(CPT‒11)による肺障害も注目されたが,社会的にも大きな問題となったのは,gefitinibによる肺障害であった.gefitinibは発売前から副作用のない夢の新薬としてマスコミにも取り上げられ,発売後には爆発的に使用された.適切ではない使用が少なからずなされたこともあり,発売直後に肺障害による死亡例が多発したことにより社会問題化し,承認を取り消すべきとの意見も一部から出された.これほど有効な薬剤が承認取り消しの危機に瀕したが,その反省を踏まえて,その後に承認された多くの抗がん薬では市販後調査が義務づけられ,多くのデータが収集された.gefitinibと同じEGFR阻害薬であるerlotinibの市販後調査では,約1万例のデータが集められている.薬剤性肺障害はどの薬剤においても諸外国に比べて本邦での発症率が圧倒的に高いということもあり,本邦ではとくに注意すべき課題である.
本書では,T章が「薬剤性肺障害を捉える」として薬剤性肺障害の全般的な解説,データ解釈の注意点などが記載されている.U章では,「各薬剤の薬剤性肺障害の実際」として,分子標的治療薬を中心に薬剤ごとの肺障害について市販後調査のデータをもとに解説がなされている.これらのビッグデータをもとに解析結果がわかりやすく説明されているにとどまらず,「トピックス」「ここでウラ話」「補足メモ」として,専門家の視点からの解説や当時の状況などが説明されており,大変興味深い内容となっている.各論では,EGFR 阻害薬,抗EGFR 抗体,mTOR阻害薬などの分子標的治療薬,免疫チェックポイント阻害薬,抗体薬物複合体(ADC),さらにはbleomycin,CPT‒11などの抗がん薬による薬剤性肺障
害について網羅的に記載されている.これらの薬剤の市販後調査の結果が1 冊にまとめられているのも役立つが,弦間先生が重要と思われる点を「トピックス」としてまとめられているのも非常に勉強になる.また,「ここでウラ話」として書かれている内容も非常に興味深く読ませていただいた.
殺細胞性の抗がん薬ががん薬物治療の中心であった時代では,骨髄毒性に伴う肺炎,敗血症などが治療関連死の主な原因であったが,分子標的治療薬や免疫チェックポイント阻害薬が主流となった現在では,薬剤性肺障害が治療関連死の主な原因となっている.がん患者さんに安全な薬物治療を施すためにも,本書は欠かせない1 冊であると思われる.
臨床雑誌内科129巻1号(2022年1月号)より転載
評者●国立がん研究センター中央病院 副院長・呼吸器内科長 大江裕一郎