糖代謝異常者における循環器病の診断・予防・治療に関するコンセンサスステートメント
監修 | : 日本循環器学会,日本糖尿病学会 |
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編集 | : 日本循環器学会・日本糖尿病学会合同委員会 |
ISBN | : 978-4-524-22818-8 |
発行年月 | : 2020年3月 |
判型 | : B5 |
ページ数 | : 90 |
在庫
定価2,750円(本体2,500円 + 税)
- 商品説明
- 主要目次
- 序文
- 書評
日本循環器学会と日本糖尿病学会との共編にて、両診療科にまたがる合併症における最新のエビデンスを集約し、両学会の合同委員会としてまとめたわが国初のステートメント集。ステートメントは(1)診断、(2)予防・治療、(3)紹介基準で構成されており、本邦独自の内容。日常診療の指針、専門医間の情報共有及び相互理解のための指針、さらには診療科間の紹介基準の提供といった幅広い臨床場面での活用を想定している。
Introduction
1.診断
1.糖代謝異常
2.循環器疾患
1.動脈硬化性疾患(特に冠動脈疾患)
2.心不全
3.不整脈(心房細動)
2.予防・治療
1.糖代謝異常者における大血管障害(冠動脈疾患・末梢動脈疾患)の予防・治療
1.Lifestyle介入
I.運動療法
II.禁煙・栄養・食事・体重管理
2.薬物療法
I.脂質・血圧・抗血小板薬
II.糖尿病治療薬
3.糖尿病患者における冠血行再建術
2.糖代謝異常者における心不全の予防・治療
1.Lifestyle介入
2.薬物療法
3.糖代謝異常者における心房細動の治療
3.紹介基準
1.糖尿病専門医から循環器専門医への紹介基準
2.循環器専門医から糖尿病専門医への紹介基準
索引
序文
今から約70年前に始められた米国のコホート研究であるフラミンガム研究によって、高血圧、脂質異常症、喫煙と並んで糖尿病が循環器疾患の危険因子であることが明らかとなった。それ以来多くの研究が行われ、糖尿病は動脈硬化を促進することによって心筋梗塞などの虚血性心疾患や脳卒中、大動脈瘤、末梢動脈疾患を惹起することがよく知られるようになったが、最近糖尿病は心不全の原因としても大いに注目されている。国内外数十万人の観察研究によると糖尿病患者の約1/3に循環器疾患を認めるが、最初に発症する循環器疾患として最も頻度が高いのは、心筋梗塞や脳卒中ではなく心不全であることが報告されている。また糖尿病患者が心不全を発症した場合の予後は、心筋梗塞や脳卒中を発症した場合よりも不良であることもわかってきた。糖尿病患者は、心筋梗塞を発症すると心臓の収縮機能が低下し、駆出率の低下した心不全HFrEFを発症しやすくなるが、心筋梗塞を発症しなくとも、拡張機能が障害されやすいため、収縮機能の保たれた心不全HFpEFを発症する。超高齢社会を迎えているわが国において、心不全の患者数、死亡者数は激増し、“心不全パンデミック”といわれているが、なかでもHFpEF患者の増加が顕著である。一昨年医療基本法としてはがんに次いで2番目の「脳卒中・循環器病対策基本法」が成立した。この法律の基本理念のひとつに循環器病の予防があり、なかでも心不全をはじめとした循環器病予防としての糖尿病対策は重要である。
それでは、糖尿病患者が循環器疾患を発症しないためにはどうしたらよいのであろうか。当然血糖の管理が重要ではあるが、糖尿病に特徴的な細小血管の異常によって起こる腎臓病、網膜症、神経障害は血糖の管理により短期間に抑制されるのに対し、大血管障害に起因する心筋梗塞や脳卒中などの発症を抑制するには長期間を要する。高血圧症や脂質異常症ではそれぞれ血圧とコレステロールの管理により循環器疾患の発症を抑制できるのに対し、血糖の管理だけでは十分ではないところが糖尿病治療の難しさである。ところが最近になり、心不全や大血管疾患の発症を大きく抑制し、生命予後までも改善するといった大規模臨床試験やreal world dataが数多く発表され、クリニカルプラクティスにパラダイムシフトが生じている。欧米では、そのようなエビデンスに基づき糖尿病と循環器の専門家が合同で糖尿病治療に関するステートメントを発表していることを鑑み、わが国でも日本糖尿病学会と日本循環器学会が合同でコンセンサスステートメントを作成した。本ステートメントは、単に上述した最近のエビデンスにとどまらず、糖代謝異常者における循環器病の診断・予防・治療に関する重要なポイントが網羅されている。大変多忙ななか、本書を作成してくださった両学会の編集委員の先生方に感謝申し上げるとともに、本書が糖代謝異常者の診療に役立つことを心より祈念している。
2020年3月
日本循環器学会代表理事
東京大学大学院医学系研究科循環器内科学
小室一成
序文
現在わが国には約1千万人の糖尿病患者が存在し、国民病と呼ばれている。日本人はインスリン分泌低下の遺伝素因を有している。そこに、欧米型生活習慣が一般化し、肥満・内臓脂肪蓄積が増加し、それに伴うインスリン抵抗性が加わって2型糖尿病が増加してきた。
肥満・内臓脂肪蓄積に伴って糖尿病のみならず高血圧や脂質異常の合併が多く、網膜症・腎症・神経障害のみならず心血管疾患の重大なリスクファクターとなっている。また、糖尿病患者の2/3が65歳以上の高齢者となり、糖尿病に心不全を合併することが増加している。
糖尿病治療の目標は、健康な人と変わらない寿命の確保と日常生活の質(QOL)の維持であり、そのためには糖尿病細小血管合併症(網膜症、腎症、神経障害)および動脈硬化性疾患(冠動脈疾患、脳血管障害、末梢動脈疾患)の発症、進展の阻止が必要であり、それに向けて血糖、体重、血圧、血清脂質の良好なコントロール状態の維持が重要である。2型糖尿病患者を対象に多因子介入を行ったわが国の大規模臨床試験J-DOIT3は、厳格で安全な多因子介入が糖尿病の血管合併症を抑制しうることを明確に示した。このような糖尿病における細小血管合併症や動脈硬化性疾患のガイドラインについては、日本糖尿病学会の『糖尿病診療ガイドライン2019』に記載されている。また、日本循環器学会は循環器領域の各疾患毎に『循環器病ガイドラインシリーズ』を発刊し、その中で糖尿病を合併した循環器疾患のガイドラインを示してきた。
この度、日本糖尿病学会と日本循環器学会は糖尿病と循環器病の密接な関連に鑑み、その病態、治療、予後に関するわが国を含む国際的な最新のエビデンスを踏まえ『糖代謝異常者における循環器病の診断・予防・治療に関するコンセンサスステートメント』を発刊した。これは日本糖尿病学会と日本循環器学会から推薦された委員からなる合同委員会によって作成され、両学会の理事会で承認されたものである。その内容は糖代謝異常と循環器疾患の診断から、糖代謝異常における大血管障害、心不全、心房細動の予防・治療、糖尿病専門医から循環器専門医への紹介基準・循環器専門医から糖尿病専門医への紹介基準まで包括的な内容になっている。記載も図表を多用してわかりやすく、かつ必要な文献が網羅されている。本コンセンサスステートメントは日本糖尿病学会と日本循環器学会が合同で作成したはじめての本邦独自のステートメントであり、Introductionにあるように、「一般医家における日常診療の指針であると同時に、各専門医間での情報共有および相互理解のための指針、さらには両診療科間の紹介基準の提供といった幅広い臨床場面での利活用を想定している」。大変多忙な中、本書を作成してくださった両学会の委員の先生方に感謝申し上げるとともに、本書が糖代謝異常者・糖尿病患者の循環器病の診療に役立ち、わが国のこの分野での治療の向上に繋がることを祈念している。
2020年3月
日本糖尿病学会理事長
東京大学大学院医学系研究科糖尿病・生活習慣病予防講座
門脇孝
人生100年時代を迎えつつある今、国民一人ひとりにとって、健康で生きがいをもって、自分らしく生きるための長い人生設計が必要となっている。国民病とよばれていた高血圧、糖尿病、高脂血症などの治療は、患者のQOLの向上に主眼が置かれ、専門医のみならず多くのかかりつけ医が関与している。
本書では、糖尿病治療の最大の目的は合併症の発症を予防し、健康寿命を延伸することであり、糖尿病とその合併症のリスク因子を適切に診断し、適切な予防策を実践し、必要に応じて包括的な治療を行うことであると述べられている。
本書の構成は、「診断」「予防・治療」「紹介基準」の3つのパートからなっており、「診断」のパートには「糖代謝異常」「循環器疾患(動脈硬化性疾患、心不全、不整脈)」が、「予防・治療」のパートには「糖代謝異常者における大血管障害の予防・治療(Lifestyle介入、薬物療法)」「糖代謝異常者における心不全の予防・治療」「糖代謝異常者における心房細動の治療」が、「紹介基準」のパートには「糖尿病専門医から循環器専門医への紹介基準」「循環器専門医から糖尿病専門医への紹介基準」がまとめられている。
糖尿病患者の65%の外来診療はかかりつけ医の診療所が担っており、一般医家への期待が今まで以上に高まっている。本書における最新エビデンスおよび診療ガイドラインに基づいた独自のコンセンサスステートメントは、一般医家における日常診療の指針に加え、各専門医間での情報共有および相互理解のための指針、さらには両診療科間の紹介基準の提供といった幅広い臨床場面での利活用が想定されており、糖代謝異常者における循環器病の管理において、それぞれの予防・治療目標を適切に達成するための指針となるものである。さらに、本書では糖尿病患者の心不全合併症の診療についても触れられている。2019年12月1日に循環器病対策基本法が施行され、2020年1月17日には「循環器病対策推進協議会」が開催された。今後、基本計画の策定が予定されている。本書の診断フローチャートは『急性・慢性心不全診療ガイドライン(2017年改訂版)』を参考に記載されており、同ガイドラインをアップデートして読むことができるであろう。
「予防・治療」のパートでは運動療法や禁煙について述べられている。運動療法では、2型糖尿病患者において有酸素運動やレジスタンス運動等により血糖コントロールなどが改善することが記載されており、また、禁煙に関しては、電子タバコ(加熱式タバコを含む)の有害性に関する確実なエビデンスはまだないものの、とくに非喫煙者については電子タバコも使用しないことが推奨されている。喫煙の有害性に関する書籍はこれまでにもあったが、電子タバコについても言及されている点で本書は一読に値するといえる。今般の新型コロナウイルス感染症においても循環器疾患、糖尿病、喫煙習慣などの生活習慣病を有することが重症化につながっているとの指摘がなされており、この点においても本書は有用な書といえよう。
「紹介基準」のパートでは、糖尿病専門医から循環器専門医への紹介基準、そしてその逆紹介についても記載されている。施設・地域の医療状況や、社会的リソース・サポート体制などの患者背景を考慮し、糖尿病専門医・循環器専門医への紹介を柔軟に判断する一助となる一冊である。
臨床雑誌内科126巻4号(2020年10月号)より転載
評者●日本医師会 常任理事 羽鳥裕