心臓血管外科エキスパートが分析する“術中危機的状況”
ピットフォールとリカバリー
監修 | : 横山斉 |
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編集 | : 夜久均/種本和雄/東信良/志水秀行/福井寿啓/岡本一真 |
ISBN | : 978-4-524-22747-1 |
発行年月 | : 2020年11月 |
判型 | : B5 |
ページ数 | : 288 |
在庫
定価9,350円(本体8,500円 + 税)
- 商品説明
- 主要目次
- 序文
- 書評
本邦の第一人者がピットフォールとリカバリーをまとめた心臓血管外科必修テキスト。日常的に遭遇する「術中危機的状況」から、滅多に経験しないが重要な「術中危機的状況」まで、エキスパートが網羅的に解説。原因、予防、対策、勘所のほかに、普段はなかなか聞けない稀な症例の紹介も。専攻医だけでなく指導医にとっても役に立つ、即臨床につながるcritical case scenarioテキスト。
I.人工心肺/心筋保護トラブル
1.静脈還流異常が存在する
2.体外循環開始前にACTが目標値まで上がらない
3.人工心肺回路内に血液凝固を認める
4.送血圧が高い
5.ポンプが急に停止した
6.貯血槽のレベルがじりじり低下する
7.陰圧補助脱血時に脱血できなくなった
8.人工肺で酸素化不良がある
9.頭部rSO2が低下する
10.血中乳酸値が上昇する
11.送血回路に気泡を誤送した
12.ベント回路から気泡を誤送した
13.順行性心筋保護注入圧が上がらない
14.逆行性心筋保護注入圧が上がらない
15.大動脈遮断し心筋保護液を注入しても心停止が得られない
16.大動脈遮断後もすぐに心拍が再開する
17.大動脈遮断解除後に心拍が再開しない.心室細動が持続し除細動できない
18.体外循環終了後に急に血圧が低下した
II.冠動脈トラブル
1.静脈グラフト(SVG)損傷
2.SVGが細い,静脈瘤がある
3.内胸動脈(ITA)損傷
4.ITA剝離時の鎖骨下静脈損傷
5.ITAの流量が少ない
6.右内胸動脈(RITA)が標的冠動脈に届かない
7.中枢側吻合で大動脈が解離した
8.中枢側吻合部が石灰化している
9.中枢側吻合のやり直し
10.標的冠動脈がみつからない
11.冠動脈が心筋内を走行している
12.冠動脈が石灰化している
13.冠動脈切開時に後壁を損傷した
14.冠動脈切開が正中ではなかった
15.冠動脈吻合の追加針/やり直し
16.吻合時に冠動脈が裂けた
17.吻合後のSVGが屈曲している
18.吻合後のITAグラフト流量が10mL/分以下であった
19.心拍動下冠動脈バイパス術(OPCAB)でのトラブル
III.大動脈弁置換術
1.大動脈切開部が右冠動脈に近過ぎた
2.大動脈切開部が牽引で裂けてしまった
3.強固な弁輪の石灰化
4.大動脈弁輪の石灰塊を切除したら弁輪が穿孔した
5.大動脈弁輪にかけた糸を引っ張ったら裂けた
6.STJが狭くて人工弁を弁輪に落とせない
7.大動脈閉鎖時に大動脈壁石灰化のため針が通らない
8.人工心肺離脱中に心電図のSTが持続的に上昇する
9.大動脈遮断解除後に心室細動となり除細動を繰り返すが戻らない
10.送血管抜去後の出血がなかなか止まらない
11.人工心肺離脱中に経食道心エコーで弁周囲逆流を認めた
12.生体弁置換術後の経食道心エコーで弁中央から高度の逆流を認めた
IV.僧帽弁置換術
1.僧帽弁の視野が不良
2.強固な弁輪石灰化
3.縫着した機械弁が僧帽弁下組織で開かない
4.人工心肺離脱中の経食道心エコーで僧帽弁位に逆流を認めた(PVL,生体弁)
5.人工心肺離脱中の経食道心エコーで中等度の大動脈弁閉鎖不全を認めた
6.人工心肺離脱中に心臓の裏から突然出血が始まった
V.僧帽弁形成術
1.弁輪が石灰化している
2.逸脱部分を大きく切除し過ぎた
3.人工弁輪を縫着したら前尖が歪んだ
4.乳頭筋に人工腱索を縫着する際に左室内の視野が不良
5.人工心肺離脱中の経食道心エコーで中等度のMRを指摘された
6.人工心肺離脱中の経食道心エコーで弁輪に当たるジェットを指摘された
7.人工心肺離脱中の経食道心エコーでSAMを指摘された
8.大動脈遮断解除後に心室細動となり除細動を繰り返すが戻らない
VI.MICS
1.大腿動脈送血で逆行性大動脈解離
2.視野不良
3.三尖弁の視野展開不良
4.順行性心筋保護液を注入しても心停止が得られない
5.下行大動脈に著明な石灰化がある
6.胸壁からの出血が止血できない
7.出血源が特定できない出血が続く
8.肺が邪魔で止血確認が困難
9.下肢カニュレーション側の下腿rSO2が低下した
10.大腿動脈からの送血圧が高い
11.interrupted IVCが存在する
12.Lt.SVCが存在する
13.右内頸静脈からの脱血管留置でSVCを損傷した
VII.大動脈手術
1.吻合部から出血した
2.分枝再建のやり直しが必要になった
3.人工血管が余剰で屈曲した
4.エレファントトランク(OSGを含む)が屈曲した・偽腔に入ってしまった
5.開胸時に無名静脈・肺動脈を損傷した
6.急性大動脈解離で人工心肺中に“送血圧が上昇し,流量が取れない”と指摘された
7.IEで大動脈弁輪部〜冠動脈が破壊されていた
8.基部置換で冠動脈ボタン部から出血した
9.基部置換で冠動脈ボタンが屈曲した
10.予定外でCABGが必要になった
11.予定外でAVRが必要になった
12.食道を損傷した
13.肺を損傷した
14.反回神経を温存できなかった
15.術中MEPが消失した
16.ステントグラフト治療中に急に血圧が低下した
17.ステントグラフトが分枝動脈にかかってしまった
18.ステントグラフト後にエンドリークが残ってしまった
VIII.末梢血管手術
A.腹部大動脈瘤開腹手術
1.吻合予定腹部大動脈壁に粥腫が著明で縫合に自信がない
2.腸骨静脈を損傷した
3.腸の色調が悪い(血中ラクテート値が上昇していく)
4.腸がむくんで閉腹できない
B.EVAR
5.デバイスの外腸骨動脈通過にかなりの抵抗を感じる(あるいは腸骨動脈をデバイス通過時に損傷した)
6.造影でIMAが非常に太く写った
7.一方の腎動脈のmm末梢を狙ったつもりであったが,その腎動脈の入口部を塞いでしまった
8.腎動脈のすぐ末梢を狙ってデプロイしたが,Type IAが出て,再度バルーン拡張するも,エンドリークが止まらない
9.デバイスが血管内に残って回収できない
C.末梢動脈バイパス
10.末梢吻合予定の標的動脈がみつからない
11.バイパスしたがグラフトの拍動が弱い
12.グラフト拍動は非常に良好だが,血流量が不安定
13.吻合している最中に血栓が生じた
14.completion angiographyを行ったところ,グラフトの途中に薄く造影される部分を認めた
15.静脈グラフトを採取していたら,静脈にまとわりつく線維が邪魔で取り除いた
D.末梢動脈のEVT
16.ガイドワイヤーが病変を通過したが,バルーンが通らない
17.POBAで終わろうと思ったが,造影でわずかに解離を認めた
18.バルーン拡張後にslow flowになってしまった
E.静脈瘤治療
19.下肢静脈瘤手術(血管内焼灼術あるいはストリッピング手術)において伏在静脈に接している神経の損傷が心配される
20.下肢静脈瘤血管内焼灼術中にエコーで血栓が大腿静脈に突出していることが判明した
索引
巻頭言
われわれ外科医は、長年の手術トレーニング(On the Job Training)で経験を積んできた。エキスパートとなるには、できるだけ多くの手術経験を積んで修羅場も多々経験しなければならない。しかし、On the Job Trainingには欠点もある。病院や指導者の流儀というバイアスや、どのような症例が来るかは計画できないという経験のムラである。これを補うのがOff the Job Trainingという「計画的経験」である。
本書は、まれにしか遭遇しないが致命的になりうる術中トラブルを計画的に擬似経験するcritical case simulationのための新書である。
図に示したのは、外科医の手術経験分布である。多くは普通の状況で普通の手術ができている。しかし、数年に1回(または一生に1回)、極めて悪い状況に追い込まれることがある。ここで、パニックに陥るか、冷静に対処して事なきを得るかが、外科医の真の実力である。本書では、エキスパート外科医に術中危機的状況と考える事態を網羅していただき、その「原因」、「予防・回避策」、「対策・落とし所」、「勘所・秘訣・まれな経験」を解説していただいた。図を多用し、外科医の頭のなかにイメージとして残りやすいように工夫されている。
「想定外」であることは、いつか思いもしなかったときに「危機」として現れる。危機的状況を「想定内」としておけば、そこからのリカバリーをシミュレーションしてマネジメントできる。是非、多くの外科医がこの本から学び、医療安全を向上させて多くの患者の命を救っていただきたい。
最後に、この書籍のヒントを与えていただいたjBLADE study主任研究者の坂東興先生、推薦の言葉を執筆していただいた橋本和弘先生、そして本書の編集で大変お世話になった、植野紗希さん、杉山孝男さんに感謝の意を捧げて巻頭言といたします。
2020年10月
福島県立医科大学心臓血管外科 教授
横山斉
臨床経験が30年以上となった今でも危機的状況に陥りそうになったり,陥ったりする.そのときに何が必要か? まずは冷静になることであろう.そして,自分の引き出しから状況に応じた解決法をイメージし,それを実行することである.そして,その引き出しは多いに越したことはない.その引き出しを増やしてくれる,またそういった危機的状況に陥らないためには何が必要かを示してくれる,それが本書である.
本書の構成は,人工心肺・心筋保護,冠状動脈バイパス術,弁膜症手術,低侵襲心臓手術(MICS),大動脈手術,末梢血管手術まで,カテーテル治療を含めて心臓血管外科医が携わるすべての分野を網羅している.それぞれの項目が原則として,@原因,A予防・回避策,B対策・落とし所,C勘所・秘訣・まれな経験という構成になっており,ほぼすべての項目が1〜2頁でまとめられている.これは,たいへん深い内容を,それぞれの筆者によりそのエッセンスが記述されているということであり,読者にとっては簡潔にまとめられていることで印象に残り(図も多く理解しやすい),かつ実際の手術に入る前に手軽に繙くこともできる.
それぞれの項目が,すべての心臓血管外科医がこれまで経験した,またはこれから経験するであろう内容である.「勝ちに不思議の勝ちあり,負けに不思議の負けなし」という言葉がある.外科医の視点から解釈すると「たまたまうまくいった手術はあるが,何かトラブルがあった手術には必ず原因がある」と言い換えることができる.トラブルを経験しないに越したことはないが,もしトラブルを経験した際にはその経験から学び尽くさねばならない.その一助として,本書にはそれぞれのエキスパートが実際に経験したであろうトラブルと,その予防と対策に関して,通常の学会などではなかなか聞くことができない内容が豊富に記載されており,理論的根拠も散りばめられている.また,それぞれの著者のこだわりが垣間みえるのも興味深い.たとえば,「追い込まれると人間は正常な判断が行いにくくなるため,余裕があるうちに対応しておいたほうがよいであろう.さらなるストレスから誤った行動を起こすことを防ぐことが大切である」,「針先から冠動脈の硬さが伝わってくるぐらい力を抜き……」,「緊張をほぐすには,口を開けて舌を出すとよい」などなど,ほかにも同様の記述が多数ある.
それぞれの場面をまさに自分が術者または指導的助手の立場で経験しているというイメージで読むことで,それぞれの著者が記述している内容を体得でき,読者の引き出しを増やしてくれることは間違いない.研修医からベテラン医師まで推薦できる,まさに「専攻医だけでなく指導医にとっても役に立つ,即臨床につながるcritical case scenarioテキスト」である.これからますます手術の低侵襲化がすすみ,カテーテル治療が盛んに行われてくる.そうなると開胸・開腹手術の適応となる患者さんの高齢化の進行とともに,病態の複雑さも増す.それでもいったん手術を引き受けた以上は,どんな患者さんでもbest resultsを達成しなければならない.そういった責務を負ったこれからの外科医必読の書であると思う.
(琉球大学胸部心臓血管外科教授・古川浩二郎)