NEJM Clinical Problem-Solving:Taroの“別解”
著 | : 志水太郎 |
---|---|
ISBN | : 978-4-524-22727-3 |
発行年月 | : 2024年4月 |
判型 | : A5判 |
ページ数 | : 148 |
在庫
定価4,070円(本体3,700円 + 税)
- 商品説明
- 主要目次
- 序文
志水太郎先生が「NEJM Clinical Problem Solving」を読解!精選された12ケースを取り上げ,診断の進め方,着眼点を明快に解説.随所に本家のディスカッサントとは異なる“別解”を示し,確定診断に導いていく.【掲載内容に関するご注意】本書には「NEJM」の論文自体は掲載されておりません.実際のケースをお読みいただくには,別途「NEJM」誌をお求めください.(紙面に該当論文のQRコードを掲載)
File 001 基本に忠実に網羅する
File 002 展開し,絞り,突き止める
File 003 サットンを貫け,錨を下ろせ
File 004 認知負荷の分解
File 005 生理学的なSystem 2
File 006 きちんと考え逃がさない
File 007 DRED-Cの重要性
File 008 複合的問題への対処
File 009 解剖で絞る
File 010 2つの視点
File 011 CJD Clusterからの展開
File 012 “反復性”と解剖
おわりに:本書に込められた二面性
Finishing Strategy一覧
本書に登場する診断戦略
Exploring Undetected Coexisting Conditions(EUCC)
Pivot and Cluster Strategy(PCS:ピボット・クラスター戦略)
Vertical Tracing(V-Tr)
Multi-dimensional Layers Approach(MLA)
Fixing Anchor(FA:係留固定)
Fast-Forward(早回し)
ビリヤード・ドレーン理論
Revisit tests in Time-Axis perspective(RTA)
Killer-Forward(KF)
DRED-C
Time Courseの分解(DRED-C内)
帰属グルーピング(Aribution Based Grouping:ABG)
Inversion(反転)
戦術
オッカム⇆ヒッカム転換
Pearl
右脚優位の浮腫は否定されるまで原因を考える.
未知ではない.隠れているだけだ.
意図しない体重減少で次に訊くのは早期腹満.解剖を絞ることができるからである.
結核を考えるとき,ヒストプラズマは同時に考える(Cluster).
銅欠乏ではMDSに類似した血液・骨髄所見を呈する.これらは神経症状より先行することが多い.
困ったら発症周辺の病歴を洗え.
Column
PCS の「半径」
血管炎のCluster(ピボット・クラスター戦略)
まえがき
2021年にJournal of American Medical Association(JAMA)誌,British Medical Journal(BMJ)誌や診断系のトップジャーナルであるDiagnosis誌から,Diagnostic Excellenceという概念のイニシアチブが出されました.これは日本語に訳すと診断の卓越性,またはよりマイルドには良質な診断という翻訳がよいかもしれません.2015年のImproving diagnosis in healthcare1)で「患者の健康上の問題について正確かつタイミングよく解釈できず,その解釈を患者に説明できないこと」と定義された診断エラーの現状を踏まえ,これを解決するための学際的・包括的な世界レベルでのイニシアチブが発出されたといえます2).診断エラーの頻度は医療エラーにおいて深刻です3).診断の質向上を推進する世界的学術組織SIDM(Society to Improve Diagnosis in Medicine)のメンバーをはじめとした世界の多くのリーダーたちにより,それまでの10年が医師の頭の中の診断プロセスのみに集中していたことから,より患者中心性や多職種チームを意識した診断の質の検討にも視点が広がったという点において4),このDiagnostic Excellenceイニシアチブの意義は高いといえます.
Diagnostic Excellenceの定義はDiagnostic Errorの定義に則ったもので,患者の体験を最大化し,不確実性を管理しながら,最小限のリソースで正確で適時に判断を行う,とされています2).この方略としては,エラーに大きく寄与するとされる認知バイアスや社会的バイアス,「状況性」4)という言葉でまとめられる現場システムや環境との相互作用の問題,また,「診断は医師の仕事である」というステレオタイプの打破,患者中心性とチーム制を担保し,そして医療の不確実性や,ノイズといわれる意志決定の揺らぎなどへの集学的で多面的な問題への対応が必要となります.このコンセプトは,いわゆる医療の質の6つの領域5)といわれる,安全性,有効性,患者中心性,適時性,効率性,公平性と根本を同じとすることになり,そのため,診断の質を改善することは医療の質の改善に直結するともいえるでしょう.
2022年BMJ誌から,臨床医がDiagnostic Excellenceを促進するための戦略として5つの戦略が報告されました6).進行中の診断や決定された診断に対してのフィードバックを得る,過去の症例データを用いて診断の経験値の質と量を向上させる,さまざまなバイアスを考慮する,患者中心性を意識したチームでの関わりを促進する,そしてメタ認知に基づいた批判的思考を涵養することが,診断の質を向上させる臨床医に求められる5つのポイントとして提示されたことは画期的であり,現場への実装が容易だと思います.
それでは,Excellenceのエンジン部分をなすと考えられる,従来の医師の思考能力についての戦略についてはどうでしょうか.2022年,筆者はSIDMのボードメンバーと協議し,より直観的に理解しやすい形での,臨床医の診断の訓練・教育・研究の方向性を方程式の形で表現し,SIDMのリーダーMark L. Graber医師とこの式を論文としてDiagnosis誌に報告しました7).この式では,左辺を医師の診断思考能力とし,これに対応する右辺をexpertise診断思考の熟達の「e」,insight洞察力の「i」,そしてこの2項を掛け合わせたものから,Inherent診断に内在する要因の「In」を減じたものとデザインしました.
ECR=e×i−In
e(expertise)は医師の診断の熟達度
i(insight)は洞察
In(Inherent)は内在する診断に交絡する要素
この式の詳細については原著論文に譲りますが,概説するとeの内訳は4項目.すなわち知識,思考戦略,入力情報管理,振り返りや較正.iの内訳は2項目.直観思考および発想力の質を上げることと,それらのそれぞれの質を上げること.そしてInは3項目.バイアス,不確実性,ノイズの介入を最小限に抑えることを意味します.今後この式の各項目の改善を個別に掘り下げていくフェーズが,医師の診断思考能力を高めることにつながると期待されるでしょう.この式に直接は含まれない,状況性との相互作用,またAIなど外付けの頭脳との協働が,総合的なDiagnostic Excellenceを実現させると考えられます.
本書は,上記の式でいえばとくにeにおける思考戦略の訓練と振り返り・較正に焦点を当てたものです.リアルケースでの診断の訓練に勝るものはありません.一方,いわゆる決断衛生decision hygieneの観点から,現場でさまざまに交絡する状況を除外したケース情報だけで構成された医学的課題を頭脳戦で解析していく作業は,目の前の臨床的負荷から離れた状況での思考訓練としては純度の高い訓練の場を学習者に提供してくれるでしょう.
筆者はdiagnosticianであり,したがってgeneral physicianであり,clinician-educator-researcherです.現在の職場は約1,200床の大学病院で医学生や研修医を指導しています.研究のコア・インタレストは,自身が提唱した専門領域である“診断戦略”の開発です.診断戦略とは診断の思考プロセスを言語化して形式化することにより,誰にでも再現性のある診断の思考法を世の中に提供するという学問領域です.
本書は,New England Journal of Medicine誌で1992年から続く名物コーナーClinical Problem-Solvingのケースをランダムに12例選び,それを題材として,オリジナルの解説を読まず初見で自分が解いたときの過去のメモ(2015〜2020)をもとに独自の解説を試みています.この過程で,2014年に出版された自著『診断戦略』(医学書院)で紹介されたいくつかの戦略,また同著に掲載しなかった戦略も登場させて思考回路の注釈を付けたという構造の,独習用の書籍です.対象は診断の訓練を行いたいと考えている臨床医です.
診断戦略は実学であり,臨床現場の実戦でこそ輝く技術です.この12例のケースも元は実際の症例であり,そのため本書は診断戦略の実践編としての学習に使用することが可能です.また,オリジナルの解説と筆者の解説の違いを各ケースの最後に記載していますので,読者の皆様はぜひオリジナルの解説(QRコードが各症例の冒頭に付いています)も併せて読まれると学びが倍加すると思われます.別の言い方をすれば,本書はオリジナルの解説の別解集ということもいえるかもしれません.目指す山頂(=最終診断)に至るまでの道は唯一でないことが多く,診断への思考プロセスも一様ではないということで,思考プロセスの多様性をみることも学習者にとっては何らかの得るものがあるのではないかと期待します.
最後に,度重なる業務による執筆作業の中断にもかかわらず辛抱強く出版までの道のりをともに歩き導いてくださり,数多くの有意義な提案と,妥協することない改善へのサポートを惜しみなくくださった南江堂の達紙優司様をはじめとした南江堂の皆様,原文の別解をつくるという挑戦的な作業に寛容なご許可をいただいたNEJM group,診断戦略を二人三脚で世に出し本書でも診断戦略を前面に押し出すサポートをくださった医学書院の藤島英之様をはじめとする医学書院の皆様,『診断戦略』に引き続きシャープでエレガントな表紙を創ってくださった山本誠様,そして愛する妻と娘,また職場である獨協総診の仲間たち,数多くの同僚,恩師,そして師匠に感謝申し上げます.
<参考文献>
1)Balogh EP, et al(eds):Committee on diagnostic error in health care;Board on health care Services;Institute of Medicine;The National Academies of Sciences, Engineering, and Medicine. Improving diagnosis in health care. Washington D.C.: National Academies Press; 2015, p74-93.
2)Yang D, et al:Diagnostic Excellence. JAMA 2021; 326: 1905-6.
3)Graber ML:The incidence of diagnostic error in medicine. BMJ Qual Saf 2013; 22: ii21-7.
4)Merkebu J, et al:Situativity:a family of social cognitive theories for understanding clinical reasoning and diagnostic error. Diagnosis 2020; 7: 169-76.
5)Agency for Healthcare Research and Quality:Six Domains of Healthcare Quality. <https://www.ahrq.gov/talkingquality/measures/six-domains.html>[Accessed 2023 Nov 15]
6)Singh H, et al: Five strategies for clinicians to advance diagnostic excellence. BMJ 2022; 376: e068044.
7)Shimizu T, Graber ML:An equation for excellence in clinical reasoning. Diagnosis 2022; 10: 61-3.