イラストで理解する呼吸器外科手術のエッセンス
著 | : 伊藤宏之 |
---|---|
ISBN | : 978-4-524-22667-2 |
発行年月 | : 2021年4月 |
判型 | : A4 |
ページ数 | : 296 |
在庫
定価19,800円(本体18,000円 + 税)
- 商品説明
- 主要目次
- 序文
- 書評
呼吸器外科手術における開胸・胸腔鏡の両手技で必要な局所解剖と全体解剖を学べるテキスト。著者による1,000枚以上の立体的、リアルなカラーイラストで、呼吸器外科手術のエッセンスを理解するための一冊。呼吸器外科手術の基本的な概念や論理的な理解、手術のエビデンスや手技の実際から、トラブルに対するリカバリーショットまでを習得できる、最高の指南書である。
第I部 呼吸器外科手術
第1章 術前評価と周術期管理,胸腔ドレーン
1.術前評価〜ルーチンの検査に加えて〜
2.手術前後の管理
第2章 アプローチと体位
1.アプローチを決めるときに
2.アプローチの実際
第3章 手術手技の基本的な概念
1.手術がうまくなるための要素
2.「層」と「膜」について
第4章 右肺の手術
1.右肺の基本構造と葉間の攻略
2.右肺上葉切除
3.右上縦隔郭清
4.右肺中葉切除
5.右肺下葉切除
6.二葉切除
7.右肺全摘除術
8.区域切除
9.葉間をまたぐ隣接区域切除
第5章 左肺の手術
1.左肺の基本構造と葉間の攻略
2.左肺上葉切除
3.左肺下葉切除
4.縦隔リンパ節郭清(Aorto-pulmonary window)
5.左肺全摘除術
6.区域切除
7.葉間をまたぐ隣接区域切除
第6章 形成術あれこれ(気管支・血管形成)
1.気管支形成術 総論
2.血管形成術 総論
3.右肺の場合
4.左肺の場合
5.胸壁再建
6.左房合併切除
7.上大静脈合併切除
8.横隔膜の手術と再建
第7章 Superior sulcus tumor(SST)
第8章 厄介な手術
1.癒着に対する対応
2.染みつきリンパ節
3.再手術
第II部 トラブルシューティング
第1章 術中合併症への対応
1.術中出血への対応
2.パターン別出血の原因と対策
3.術中肺瘻対策
第2章 術後合併症への対応
1.気管支断端瘻
2.膿胸
3.術後肺瘻とドレーン再挿入
4.乳び胸
索引
序文
手術のイラストを褒められるようになったのは、外科医10年目の頃だっただろうか。
外科を生涯の道として選んだのは、研修医時代に見た手術の中で、本道の外科が最もあざやかで美しいものだったからと記憶している。横浜市立大学外科治療学(旧第一外科学)教室に入局し、肺癌に挑むべく呼吸器外科を専門に選んだ。アッペ、ヘルニアに始まり、乳腺甲状腺、消化器、心臓血管、そして呼吸器外科を経験させていただいた。しかし、技量と知識は関連病院を回っていくうちに身につくのだろうと、技術習得に対して漫然と構えていた。この頃、改造したR32スカイラインGT-Rでサーキットを走り尽くし、一つのことを極めた達成感を得たことは、その後の人生にプラスに働いたと思う。
1999年に神奈川県立がんセンターで中山治彦先生と出会った。彼の手術は今までとはまるで違った。層と膜の意識、左手の使い方と右手との連動操作、電気メスとハサミの鋭的切離と剥離操作は衝撃的であり、極めるべき道をはっきりと照らされた。当時手術のビデオ撮りは行っておらず、術野を目に焼き付けておくしかなかった。イメージが頭から消えないうちに、工夫やコツなどを、手術ノートに必死に描き止めた。渾身の手術記録も、真っ赤に訂正されて返ってきたことは数知れない。
大学で指導医となったとき、外科医の心得や日々の仕事、手術のコツなどをまとめた研修医マニュアルをつくり、若者に魅力のあるチームづくりを目指した。教育の一環として、研修医や新人外科医相手に、画像から解剖と術野をどうイメージするか、手術予想をイラストで解説することも数多く行った。分岐部形成+上大静脈合併切除再建の予想展開イラストが、麻酔科医や教室の諸先輩・後輩に驚嘆され、その手術を予定どおりに終えたとき、自分の進歩を実感した。
しばらくして神奈川県立がんセンターへ戻ったときに坪井正博先生と出会い、基礎から学ぶ肺癌手術手技セミナーに講師として誘っていただいた。数多くの外科医教育に携わる機会をいただいただけでなく、講師である岡田守人先生、鈴木健司先生、田島敦志先生、受講者で、本書を書くことを勧めてくれた篠原周一先生にも出会えた。また淺村尚生先生のGeneral Thoracic Surgical Forumでも、数百人の外科医を前に発表する機会を何度もいただいた。多くの方たちから自分を伸ばし、世に出る機会を与えていただいたことを本当に感謝している。
人生は偶然の要素が少なくなく、不遇を嘆くこともあると思うが、そのようなときでもできる努力はすべきである。一方で臨床・研究以外にも重要なものはあり、家庭や趣味も人生の大切な一部である。人生いつも全力で走れるわけではない、時には長い休息も必要である。そのようなときは仕事以外の面を充実させ、頑張れるときは、セミナー参加やレジデント研修など、医局や所属施設から出て多くの人に出会い、貪欲に自分を高める努力をしてほしいと思う。新たな出会いによって、新たなインスピレーションを得ることができるからである。
自分には絵心がないから、伊藤と同じことはできないとよく言われるが、正確な手術記事をつくることは、きれいな絵を描くこととは異なる。手術は、見える情報だけで行うのでなく、見える構造物の裏にある、見えないところをイメージできることが重要であり、それにはイメージトレーニングがきわめて重要である。頭に描いたイメージを紙に描き出し、自分の理解と現実との差異を見いだし修正する、このプロセスが大事なのである。録画した術野を単にスケッチするだけでは技術向上にはつながらない。きれいな絵ではなく、解剖が正しい絵を描こう。手術がうまくなるには努力が必要であり、私はそのために手術前のイメージトレーニングと正確な手術記事をつくることをくり返した。今ではそれに加え、上手な術者の動画を見ることを後輩に課している。
本書は、多くの先輩・後輩から教わりヒントを得たものを自分なりに昇華させ、自作イラストを駆使してつくったものである。まったくの主観で書いているが、手術書とはそんなものである。多くの呼吸器外科医と、これからの若者と、呼吸器外科に携わるGeneralistの外科医に役立てば幸いである。
2021年3月
神奈川県立がんセンター呼吸器外科 伊藤宏之
推薦文
伊藤宏之先生がついに呼吸器外科手術書を書き上げた.
本書には,彼がこれまで多くの先輩諸氏から継承し,彼なりの“味付け”をした手術手技が満載である.この手術書の特徴の一つは何と言ってもそのスケッチにある.すべて彼のオリジナルである.彼の素晴らしい画才は手術記事を見れば一目瞭然であったので,ぜひこのスケッチを生かしたテキストを世に出してほしいと伝えてからかなりの年月がたってしまった.当たり前のことだが,どんなに画才があっても手術の本質が理解できなければ外科医の心に響くスケッチなど描けるはずもない.学会やセミナーなどで,彼のスケッチを見て,そのわかりやすさに驚かれた方は少なくないだろう.本質を突いたスケッチだからこそ,外科医に受け入れられるのだ.数多くの手術を手がけ,それを正確に記録し,多くのスケッチが蓄積され,ようやく本書の出版にこぎつけたのである.彼の20年にわたる手術に対する真摯な姿勢が,この本を世に生み出す原動力になったのは間違いない.
もう一つの本書の特徴は,伊藤君が一人で書き上げた手術書であるということである.多岐の分野にわたる手術書では,複数の著者が執筆するのが一般的である.ただそれぞれの著者,施設の流儀などがあり記述内容にばらつきもある.その点本書は単著であり,彼の主張する手術手技には一貫性があり,読者には理解しやすい.外科医目線で描かれたスケッチも相まって,この本の内容は若い外科医にも,ある程度実力をつけた中堅外科医にも,受け入れられることを確信している.
質の良い手術とは,@確実な手術操作で安全な手術(良好な視野,汚染のない術野で構造物をはっきりと確認すること,危なげのない丁寧な操作),A危険を察知し,回避する手術(急がばまわれ,トラブルシューティングも大事ではあるが…),B過不足なく病巣を切除(患者側因子と腫瘍側因子のバランス),C論理的根拠に基づいた手術操作・展開(なぜこうするのか? をきちんと説明できる),Dその上で侵襲が少ない手術,と言えるであろう.
本書が質の良い手術を目指す呼吸器外科医の一助となれば幸甚である.
2021年3月
神奈川県立がんセンター呼吸器外科 中山治彦
本書を開けば一目瞭然であるが,そのイラストの美しさに目を奪われる.伊藤宏之先生によれば,これらのすべては「手書き」であるというから,二重に驚かざるをえない.これまでに筆者が座右の書としてきた手術書は2冊あり,いずれも欧米のものでレジデントのときから繰り返し参考にしてきたものであるが,本書はそれらに勝るとも劣らない内容となっている.
伊藤先生とは,10年ほど前から外科学における技術論に終始するセミナーで年に3回ほどご一緒させていただいている仲である.つまり,すでに30回以上にわたって彼の肺癌に対する手術に対する考え方,その適応,詳細な技術論,そして術前と術後の管理を議論する機会を得てきたことになる.その1回が小1時間というものではなく,およそ8時間に及ぶ症例検討に基づく議論であった.すなわち,時間にすれば240時間以上の議論を彼と展開する機会に恵まれたことになる.このことは筆者にとって計り知れない幸運であり,筆者自身の手術の向上に役立ったことは論を俟たないところである.伊藤先生の論理はきわめて明快で,筋が通っており,それは全国から集まった若手の精鋭を手術の観点から鍛えるという,いわば「松下村塾」のようなものであったのであるが,参加した若い呼吸器外科医たちにも大いに刷り込まれたに違いない.筆者はそのセミナーを通じて彼のイラストの秀逸さを実感していたのであるが,改めて手術書という形で示された本書を拝読して,まさに前人未到の領域にあると感じざるをえなかった.本書のイラストはきわめて緻密に描かれているのではあるが,変に劇画調でもなく,必要とあらば模式図化させて,その理解を容易にするために変幻自在の工夫がなされているのは,型にはまらない,まさに伊藤宏之ならではといえる.
たとえば,116ページの中段にみる左肺門のイラストは,彼がセミナーで再三使用していたものであるが,そのよく考えられた構図はまさに写真以上であるといってよい.この断面図を頭にたたき込めば,いかなる分葉不全の肺切除もたやすいのではないか.それに加えて,第3章にあるいわば「原理原則」を熟読すれば,まさに鬼に金棒の状態で手術に臨める.
「彼を知り己を知れば百戦して殆うからず.彼を知らずして己を知れば一勝一負す.彼を知らず己を知らざれば戦ふ毎に必ず殆うし」と孫子にあるが,本書は「彼」すなわち解剖を知るための絶好の書であり,本書を手元に日々精進することが10年後の大きな成長を保証するであろう.まさに呼吸器外科医必読の書である.
評者●順天堂大学呼吸器外科教授 鈴木健司