CALSハンドブック原書第5版
心臓血管外科術後の急変・心停止に対する対応・心肺蘇生
| 翻訳・執筆 | : 植野剛/野上英次郎/高木大地/小渡亮介 |
|---|---|
| ISBN | : 978-4-524-21008-4 |
| 発行年月 | : 2025年10月 |
| 判型 | : B5判 |
| ページ数 | : 120 |
在庫
定価3,520円(本体3,200円 + 税)
- 商品説明
- 主要目次
- 序文
- 書評

心大血管術後の急変対応・蘇生に特化したプロトコール“CALS(The Cardiac Surgery Advanced Life Support Course)”の初の日本語版テキストであり,2025年秋にスタートするCALSトレーニングコースの公式テキスト.原書翻訳に加え,日本の医療体制に即した注釈を豊富に収載.本テキストでCALSプロトコールを学ぶことにより,ハートチームとして心大血管術後患者の急変に自信をもって対応することができる.心大血管術後患者のアウトカム向上につながるテキストであり,働き方改革による他科医師・多職種へのタスクシェアといった日本が抱える医療課題の解決にも寄与する一冊.
I章 心臓・胸部大動脈術後に心停止をきたした患者に対する心肺蘇生
A はじめに
B ICU入室中の心大血管術後患者に対するプロトコール
01 胸骨圧迫前の電気的除細動・ペーシング
02 電気的除細動の前に胸骨圧迫を行うべきか?
03 胸骨圧迫により起こりうる損傷
04 再開胸前の電気的除細動の試行回数
05 ICUにおける一次救命処置(BLS)
06 BLS:ECM(胸骨圧迫)
07 BLS:気道
08 アドレナリンやバソプレシンの投与
09 血管内投与薬剤
10 大動脈内バルーンパンピング(IABP)施行中の患者における心停止
11 心停止への対応
12 アミオダロン
13 自動体外式電気的除細動器(AED)
14 自動体外式胸骨圧迫装置
15 ペーシング
16 アトロピン
17 VF/VT以外の心停止に対する緊急再開胸
18 ICMとECM
19 胸骨圧迫の代替手段としての腹部圧迫による心マッサージ
20 緊急再開胸セット
21 緊急再開胸の準備
22 緊急再開胸を行うスタッフ
23 ICU外における心停止プロトコールと緊急再開胸
24 緊急再開胸の適応期間
25 緊急再開胸後の体外循環
26 緊急再開胸に際しての抗菌薬投与
27 心停止遷延後の体温管理療法
C とくに配慮が必要な症例
01 心(肺)移植患者
02 小児患者
03 開胸状態の患者
04 循環補助装置を装着中の患者
05 胸骨正中切開以外のアプローチによる手術後の患者
D 緊急再開胸の代替としての剣状突起下切開
E プロトコールの導入
II章 心大血管術後の心停止への対応とSTSプロトコールに関する実践的な質問
Q1 心停止の際には,Swan-Ganzカテーテルを浅抜するべきか?
Q2 床の上で心停止となっている患者にはどう対応するべきか?
Q3 院内のどの部署・病棟において本ガイドラインは適応となるか?
Q4 一般病棟において,その場で緊急再開胸を行うべきか,手術室に急いで搬送するべきか?
Q5 再開胸を実際に行うのは誰か?
Q6 閉胸方法にはどのようなものがあり,それぞれどのように対処すればよいか?
Q7 細かい心室細動か心静止か判別に迷う場合,電気的除細動を行ってもよいか?
Q8 プロトコールのように,6人に加えて2人の再開胸チームを確保する人的余裕がない場合は?
Q9 パーマネントペースメーカ植込み後の患者におけるPEAでは背景にVFが隠れていないかをどのように確認すればよいか? また,植込み型除細動器(ICD)を装着している患者に対してはどのように対処すればよいか?
Q10 心大血管術後の心停止では,容易に解決可能な可逆的原因が除外されたら,必ず緊急再開胸を行うべきか? 当院の外科医は彼らの到着を待つことを望んでいる
Q11 抜管後の患者の心停止において緊急再開胸の適応となる場合,どのタイミングで挿管すべきか?
Q12 心停止の状況下でドレーンのミルキングや閉塞解除を試みるべきか?
Q13 緊急再開胸時の鎮静についてはどうするべきか?
Q14 心停止下における心腔内もしくは大動脈内アドレナリン投与は有用か?
Q15 重炭酸ナトリウムは心停止下においても有用か?
Q16 すべての勤務帯の開始時に6つの役割の割り振りを行うべきか?
III章 CALSプロトコールにおける外科的手技
A 再開胸
B 再開胸後の状況
01 自己心拍再開が得られた場合
02 自己心拍再開が得られない場合
IV章 心停止前後の管理
A 循環生理学
01 心拍出量
02 酸素運搬量(DO2)
03 血圧
04 全身血管抵抗(SVR)
B 通常の術後経過と異常な術後経過
01 通常の術後経過
02 異常な術後経過
V章 急変対応の5ステップ
A Assessment(評価)
01 気道・呼吸
02 循環
B Diagnosis(診断)
C Action Plan & Investigations(治療計画&検査)
01 診断が循環血漿量低下の場合
02 診断が末梢血管過拡張の場合
03 診断が低心拍出状態の場合
04 診断が不整脈の場合
VI章 心外膜リードによるテンポラリーペーシング
01 ペーシングの適応
02 ペースメーカの用語
03 ペースメーカモードの命名法
04 テンポラリー心外膜ペーシングの標準的な設定
05 心外膜ペーシングの標準的な設定
06 正常にペーシングが行われている場合の心電図
07 ペーシング中によくみられるトラブル時の心電図
VII章 呼吸器系の緊急事態
01 気道の評価
02 呼吸の評価
03 循環の評価
04 ドレーンの評価
05 診断
06 治療計画と検査
07 検査と再評価
VIII章 心大血管術後の蘇生における人的要因
01 個人レベルの人的要因
02 危機資源管理(CRM)
03 リーダーシップ
04 主体的に行動するフォロワー
05 状況認識
06 fixation error(固定化エラー)
07 認知支援ツールと標準作業手順書(SOP)
IX章 日本国内の施設での実例―CALS 導入の契機・実例
秋田大学医学部附属病院―不確かな対応を迫られるスタッフのストレス改善のためにも
佐賀大学医学部附属病院―CALSプロトコールの必要性を痛感したケースを通じて
自治医科大学附属さいたま医療センター―CALSプロトコール導入より8年:現状と今後の課題
東京ベイ・浦安市川医療センター―「Code Heart」の誕生と実践:少ないケースのなかでいかに継承するか
おわりに
心臓・胸部大動脈術後の患者が心停止に陥った際,現場の医療従事者が直面する課題は少なくありません.「胸骨圧迫を行っていいのだろうか?」,「次は何をすべきだろうか?」といった一瞬の迷いや戸惑いが,患者の救命率や社会復帰率を大きく左右します.こうした1分1秒を争う状況において,標準化されたプロトコールに基づく迅速な対応が不可欠であることは言うまでもありませんが,従来のACLS(Advanced Cardiovascular Life Support)では必ずしも十分ではないことは,ACLSの提唱母体である米国心臓協会(AHA)自身も認めています 1).この問題に対する解決策として,心臓・胸部大動脈術後の心停止への対応に特化したプロトコールとして提唱されたのが,CALS(Cardiac Surgery Advanced Life Support)です 2).
CALSは,2003年に英国の胸部外科医であるJoel Dunning先生が心臓・胸部大動脈術後の心停止に際しての混乱を実際に経験したことを契機として構築され,その後,欧州心臓胸部外科学会(EACTS),欧州蘇生協議会(ERC),国際蘇生連絡委員会(ILCOR),米国胸部外科学会(STS),AHA,オーストラリア・ニュージーランド心臓・胸部外科学会(ANZSCTS),オーストラリア・ニュージーランド集中治療学会(ANZICS)などのガイドラインやエキスパートコンセンサスとして国際的に採用が広がっています.
CALSでは,心停止覚知時,即座に胸骨圧迫を開始するのではなく,まずはリズム評価を行い,適応リズムであれば胸骨圧迫の前に除細動やペーシングを試みるなど,心臓・胸部大動脈術後特有の病態に即した対応を体系化しています.また,心停止から5分以内に緊急再開胸を達成できる体制づくりやシミュレーショントレーニングを推奨し,患者の救命率と神経学的転帰の向上を目指しています.
ただし,ここでよくある誤解に対する重要な注意点が2つあります.1つ目は,CALSでは「胸骨圧迫をいついかなるときでも絶対に行わない」というわけではないということです.胸骨圧迫開始前に自己心拍再開(ROSC)が望める対応策があるのであればそれを優先的に試みるということに過ぎず,それらの対応策が無効であったときやそもそもそれらの適応リズムではない場合には,当然即座に胸骨圧迫を開始します.2つ目は,緊急再開胸についてもそれが必要と判断された際には迅速に行える体制づくりや物品準備,シミュレーショントレーニングはしっかりと行いつつも,必ずしもすべてのケースで緊急再開胸を実施しなければならないわけではないということです.むしろ,CALSプロトコールに沿った蘇生対応を行うことにより,ACLSに基づく対応と比較し,最終的に緊急再開胸を要した症例の割合は低下したという報告もあります.
さて,前述のように世界的にCALSの普及が進むなか,日本においてもCALSの導入は喫緊の課題です.心臓・胸部大動脈術後の患者に関与する医療従事者は,心臓血管外科の医師だけでなく,麻酔科・集中治療科・循環器内科などの医師,臨床研修医,看護師,臨床工学技士,リハビリテーション専門職,放射線技師,薬剤師など多岐にわたります.チーム医療を強化し,共通のプロトコールに基づく対応を徹底することで,患者の安全を守り,心臓血管外科医療の質を今まで以上に向上させることが重要です.本書は,そのための標準的な手引きとして,CALSの概念と実践を体系的に解説することを目的としています.
CALSの導入はまた,日本の医療提供体制・制度における課題の解決にも寄与すると考えています.近年,医師の働き方改革が進められるなかで,心臓血管外科医療においてもタスク・シフト/シェアの重要性が高まり,術後管理の体制にも変革期が訪れています.CALSの普及は,緊急時の対応を標準化・体系化することで,特定の医師に依存することなく,なおかつチームの心理的・物理的負担を軽減し,持続可能な医療体制の構築に貢献するものと考えます.
さらに,CALSの活用は医療従事者の教育やシミュレーショントレーニングの向上にもつながります.心臓・胸部大動脈術後の心停止という,まれではあるがひとたび起こると高度で迅速な対応を要する事態において実践可能なスキルを身に付けるためには,平時の定期的な訓練が不可欠であり,CALSのプロトコールを取り入れたトレーニングの導入は,医療チーム全体の即応力を高める大きな力となります.本書では,具体的な手技の解説やケーススタディを通じて,読者がCALSの概念を実践に結び付けられるよう工夫しています.
また,CALSの導入にあたっては,各施設ごとの実情に応じた体制整備も重要です.適切な緊急再開胸セットの準備,役割分担の明確化,患者管理の標準化などが求められます.とくに,病院全体での丁寧な議論に基づく意識改革が不可欠であり,CALSが単なる個別の技術ではなく,その導入過程そのものをもチーム医療の強化を促すツールとして活用されることが望まれます.
これらの目的を達成するため,本書は,CALSの基本概念とプロトコールを包括的に解説するのみにとどまらず,日本の医療現場に適応するための具体的な指針も加えました.とくに,国内における実際の導入事例も複数交えることで,読者が自施設でCALSを導入する際に役立つ形を目指しています.医療提供体制や医療制度が海外とは異なる日本においてもCALSが適切に機能するためには,単なる原書の翻訳にとどまらず,わが国特有の事情を考慮した補足情報が不可欠であり,その点を意識した編集を行いました.
本書が,心臓・胸部大動脈術後の心停止に直面する可能性のあるすべての医療従事者にとって実践的な指針として,日本におけるCALSの導入と普及の一助となり,ひいては日本の心臓血管外科医療の質・安全のさらなる向上を通じ,患者さんを含む国民に裨益することを願ってやみません.
2025年8月
京都大学医学部心臓血管外科同門会 会員
近畿大学病院心臓血管外科 非常勤医師
京都大学大学院医学研究科社会健康医学系専攻社会疫学分野
特定非営利活動法人 CALS Japan 理事長
植野 剛
本書の訳者の一人である植野剛先生は,かつて将来を嘱望された心臓血管外科医であった.諸般の事情により臨床の第一線を離れ,医療機器メーカーへと転身することとなったが,その直前,彼は“Cardiac Surgery Advanced Life Support(CALS)”の日本での普及に対し,並々ならぬ情熱を燃やしていた.「それほどの情熱があるならば,臨床医としてメスを握りながら取り組めばよいものを」と,その才能を惜しんだことは今でも鮮明に覚えている.
数年前,筆者は植野先生のこの熱意を形にすべく,日本胸部外科学会などの理事を務める何名かの先生方にCALS普及について打診したことがある.しかし,当時CALSの概念を正確に把握されていたのは,東京大学の小野稔先生だけであった.ほかの多くの重鎮の先生方は「CALS?」と首をかしげるばかりであった.なぜベテラン外科医にCALSは響かなかったのか.その後,本誌での連載や先駆的施設の取り組みにより,CALSの認知度は飛躍的に向上した.しかし筆者を含め,昭和〜平成に修練を積んだ外科医たちが当初CALSにピンとこなかったのには,明確な理由がある.少なくとも筆者の勤務していた施設では,集中治療室(ICU)にはワイヤーカッターや開胸器が常備され,万が一の急変時には躊躇なくその場で開胸し,直接心臓マッサージを行う.それは「特別なイベント」ではなく,想定内の対応であった.心臓血管外科医であれば,術後の胸骨をAdvanced Cardiovascular Life Support(ACLS)のガイドラインどおりに圧迫すれば胸骨が離開し,縫合したばかりの心臓大血管を損傷することは,生理的な反射レベルで理解している.ペースメーカワイヤーを駆使し,除細動を行い,いよいよとなれば創部を開放して用手的に循環を維持する.これらはわれわれにとって,言語化するまでもない「常識」であり,暗黙知として共有されていたのである.
一方,CALSが生まれた欧米の背景は異なる.そこでは集中治療医が術後管理の主導権を握る.外科医の「常識」が通用しない環境において,外科医と非外科医をつなぐ共通言語としてガイドラインが必要とされたのであろう.つまり,外科医が術後患者に張りついていた日本においてCALSの必要性が生じなかったのは,ある意味で必然であった.
しかし今,日本の医療現場は劇的な転換点を迎えている.「働き方改革」の波は,かつての栄養ドリンクのCMのごとく「24時間戦えますか」という精神論で成立していた医療体制を過去のものとした.心臓血管外科医が不眠不休でICUに常駐し,すべてを管理する時代は終わりを告げつつある.その結果,術後管理は外科医単独の手から離れ,看護師,臨床工学技士,集中治療医を含む多職種チームへと委ねられることとなった.ここではじめて,職種を超えて安全を担保するためのプロトコール,すなわちCALSが真価を発揮する.患者の生命を守るための頼みの綱は,一人の「心臓血管外科医」の技量ではなく,チーム全員が共有する「システム」へと移行しなければならないのである.
とはいえ,ACLSが膨大なエビデンスの上に構築されているのに対し,CALSは歴史が浅く,エビデンスレベルが不十分な側面は否めない.また,「5分以内の開胸(再開胸)」というCALSの核心的な要件を日本の多くのICUで遵守することは,困難であるといわざるをえない.だからこそ,本書の存在意義がある.本書を盲目的に崇拝し,「こうあるべきだ」と受け止める必要はない.われわれに必要なのは,欧米型へゆっくりと,しかし確実に移行していく日本の医療事情を見据えたうえでの,きわめて現実的なアプローチである.日本の現状の中でいかにして患者の安全なマージンを確保するか,各施設が自らの答えを出すための「参考書」としての位置づけこそが,本書の白眉である.これからチーム医療の中核を担う若手医師やメディカルスタッフはもちろん,かつての「常識」の中で戦ってきたベテラン外科医にこそ,新時代の安全管理のあり方を考える契機として,本書の一読を強く推奨したい.
胸部外科79巻2号(2026年2月号)より転載
評者●湊谷謙司(京都大学心臓血管外科 教授)

