外科医の育て方
外科教育を科学する
| 著 | : 倉島庸 |
|---|---|
| 執筆協力 | : 日本外科教育学会 |
| ISBN | : 978-4-524-20735-0 |
| 発行年月 | : 2026年4月 |
| 判型 | : 四六版 |
| ページ数 | : 244 |
在庫
定価3,520円(本体3,200円 + 税)
- 商品説明
- 主要目次
- 序文
- 書評

日本における外科教育の確立に尽力した著者の知見を凝縮した一冊.従来の「経験則」から脱した「科学」としての教育・指導を,最先端である北米の教育理論をベースに体系的に解説.悩みながら次世代を育てる指導医にとって明確な指針となるのはもちろん,学ぶ側の学生や研修医にとっても将来像をイメージできる必読書である.
インプット編
第1章 外科教育への旅
1−1 外科医が卒後10年目に考えること
1−2 手術は習ってきたが、「教え方」は誰にも習ってない事実
1−3 日本国内には外科教育の情報収集や学びの場がなかった
1−4 北米の外科教育状況を調べる
1−5 外科教育を学びに海を渡る
COLUMN 外科医に留学は必要か
第2章 留学しようと決心したときから旅は始まる
2−1 個人で留学先へアプローチしてみよう
2−2 コネクションを利用して留学することの利点と欠点
2−3 自分の意思と行動で留学先を決定するということ
2−4 留学先の決定とアプローチのための徹底的な情報収集
2−5 研究論文の数と質で専門分野の実力を測る
2−6 留学先へのアプライは読まれなければ意味がない
2−7 留学希望大学へのアプライの内容で大切な3点
2−8 世界トップレベルの施設で学ぶ価値
2−9 世界トップレベルのチームでサバイブした先に見えるもの
2−10 留学期間と年次ごとのインプット・アウトプット設定
第3章 外科教育留学で学んだこと
3−1 海外留学しても英語力がアップしない事実
3−2 研究を始める前に身につけるべき最強の武器:文献検索
3−3 どの検索データベースを使えばよいのか?
3−4 PubMed文献検索方法の基本中の基本
3−5 海外で研究者としてスタートするときに大切な2つの説明
3−6 日本と北米の外科教育システムの違い
COLUMN ないことを嘆くのではなく、創り育てる
第4章 最大限のアウトプットをするための考え方
4−1 アウトプットを意識したインプット戦略
4−2 インプットした知識と経験を整理して武器にする
4−3 アウトプットが全く足りていないことを自覚する
4−4 低い枝からの収穫とトップリーダーへの働きかけの重要性
アウトプット(外科教育実践)編
第5章 外科教育を始めよう
5−1 初めての外科研修・教育担当は何から始めればよいのか
5−2 子供と大人の学習方法の違い:成人学習理論
5−3 外科教育を始める前に教育の全体像を描く:カリキュラム開発
5−4 目標は学習者に提供するマニフェストである:目標設定
5−5 目標には2種類ある:一般目標と個別目標を理解する
5−6 教育実施の継続に必要なリソースを考える:仲間が最も重要なリソースである
5−7 外科教育のアウトカムとしてのインパクトを考える
5−8 外科基本手技の指導手順と方法
5−9 手術室における手技の指導法
5−10 フィードバック手法:受け入れられなければ意味がない
5−11 外科領域のシミュレーショントレーニング
5−12 外科系手技・手術のシミュレーショントレーニングカリキュラムを考える
5−13 やる気のない若手にはどのように教えればよいのか?
COLUMN 外科医の手術指導で傷つけてはいけない2つのもの
第6章 外科医の能力を評価する
6−1 評価は教育の柱である
6−2 目的別に大別される2種類の評価
6−3 その評価ツールを使って大丈夫?:評価に必要な信頼性と妥当性
6−4 様々な評価スケールを利用する
6−5 何が評価の障害になっているのか
6−6 プログラム評価はプログラム開発・実施者の責任である
6−7 外科医の能力評価の概念が変化してきている
COLUMN 日本外科教育学会の歴史
第7章 外科教育を科学すること
7−1 外科教育研究という分野と歴史
7−2 外科教育領域のテーマの選定法
7−3 外科教育研究のデザイン方法:何をアウトカムにすればよいのか
7−4 外科教育(研究)の中のシミュレーション
7−5 外科教育研究を発表しよう
7−6 外科教育研究で予算を獲得する
COLUMN 「Global Surgeryって知ってる?」
第8章 これからの外科チームのリーダー、外科教育者に必要な資質
8−1 知識と技術
8−2 自己とチームのウェルビーイング
8−3 外科教育者に必要なリーダーシップ能力
8−4 教育者の情熱と学習者のモチベーション
8−5 若手は研修施設を選べても研修指導医は選べない:指導医はよりよい指導医であれ
8−6 自ら発展していくチーム創り
COLUMN 外科指導医のためのワークショップ
索引
2024 年7 月14 日,筆者は富山において「激減している消化器外科医の未来を明るくするための研究会」を開催した.当時,日本消化器外科学会の理事を務めていた筆者は,学会データをもとに「消化器外科医数は今後確実に減少局面へ向かう」という現実を可視化し,これまで半ばタブー視されてきた問題を社会に向けて発信することで,なんらかの変革の契機を生み出したいと考えていた.調憲理事長(群馬大学),比企直樹ワーク・イン・ライフ委員長(北里大学)をはじめ,全国から多くの消化器外科指導者が富山に集ったが,筆者はこの会を単なる危機感の共有や愚痴の応酬の場にはしたくなかった.そのため,第1 セッションとして「外科医に対する医学教育の重要性」をテーマに据えた.演者選定に際し,真っ先に頭に浮かんだのが倉島庸先生であった.すでにわが国の外科教育学を牽引する第一人者として知られていた先生は,期待をはるかに超える示唆に富んだ講演を行われた.熱気に包まれた研究会終了後,筆者のことも以前から知っていてくださった倉島先生と杯を酌み交わし,「これからよろしくお願いします」と肩を抱き合った.そのわずか1 ヵ月後に接した突然の訃報は,筆者にとって肉親を失ったかのような衝撃であり,深い悲嘆をもたらした.そのときの感情は,今なお鮮明に記憶に刻まれている.
本書は,倉島先生が文字通りゼロから切り拓いてこられた「日本における外科教育学」の集大成である.従来,外科教育は職人的徒弟制度の延長線上に位置づけられ,「みて覚えろ」「背中をみて学べ」といった暗黙知への依存によって成立してきた.しかし現代の外科診療は,高度化する手術手技のみならず,集学的癌治療,多職種連携,医療安全,患者・家族とのコミュニケーション,さらには終末期医療にいたるまできわめて複雑化している.このような環境下において,教育を経験則や属人的能力に委ねることはもはや許されない.
第1 章で提示される「医療者は教育の方法を教育されていない」という指摘は,本書全体を貫く根源的命題である.医学教育学の観点からみれば当然の事実であるが,日常診療に追われる外科医にとってはきわめて示唆的であり,耳の痛い指摘でもある.優れた外科医であることと,優れた教育者であることは決して同義ではない.本書はそのギャップを埋めるための理論的基盤と実践的方略を体系的に提示している.もちろん,本書で紹介される教育理論や評価手法を一朝一夕に実践へ移行することは容易ではない.われわれ外科医は,教育学に関する基礎的素養を十分に身につける機会がなかったからである.しかし重要なのは,すべてを完璧に実践することではなく,まず教育に対する認識論的転換を受け入れることであろう.教育を「勘と経験」から「科学と検証」の領域へ移行させるという理念そのものが,本書の最大の価値である.
特に印象深かったのは,第8 章2 節「自己とチームのウェルビーイング」である.本章は倉島先生ご自身の執筆ではないものの,日本外科教育学会の方々が先生の思想を深く継承して執筆されたことが強く伝わってくる.近年,医療者のバーンアウトや離職は世界的な課題となっているが,外科領域はその最前線にある.自らの心身の健康を損なった状態で,患者に質の高い医療を提供することは不可能である.しかし皮肉にも,これまでの外科文化は自己犠牲を美徳として称揚し,時にウェルビーイングとは対極にある価値観を内包してきた.本章はその歴史的慣習に対する静かな,しかし力強い異議申し立てであり,本書の思想的中枢を形成しているように感じられた.
本書は単なる教育マニュアルではない.外科医育成の哲学書であり,外科教育学の入門書であり,そして将来の外科医療を支えるための戦略書でもある.倉島先生が遺された知的遺産は,外科医不足という危機に直面する現代において,ますます重要性を増していくであろう.すべての外科指導医,そしてこれから外科の未来を担う若手外科医に,本書を強く推薦したい.
臨床雑誌外科88巻8号(2026年8月号)より転載
評者●富山大学消化器・腫瘍・総合外科教授・藤井 努
2024 年7 月14 日,筆者は富山において「激減している消化器外科医の未来を明るくするための研究会」を開催した.当時,日本消化器外科学会の理事を務めていた筆者は,学会データをもとに「消化器外科医数は今後確実に減少局面へ向かう」という現実を可視化し,これまで半ばタブー視されてきた問題を社会に向けて発信することで,なんらかの変革の契機を生み出したいと考えていた.調憲理事長(群馬大学),比企直樹ワーク・イン・ライフ委員長(北里大学)をはじめ,全国から多くの消化器外科指導者が富山に集ったが,筆者はこの会を単なる危機感の共有や愚痴の応酬の場にはしたくなかった.そのため,第1 セッションとして「外科医に対する医学教育の重要性」をテーマに据えた.演者選定に際し,真っ先に頭に浮かんだのが倉島庸先生であった.すでにわが国の外科教育学を牽引する第一人者として知られていた先生は,期待をはるかに超える示唆に富んだ講演を行われた.熱気に包まれた研究会終了後,筆者のことも以前から知っていてくださった倉島先生と杯を酌み交わし,「これからよろしくお願いします」と肩を抱き合った.そのわずか1 ヵ月後に接した突然の訃報は,筆者にとって肉親を失ったかのような衝撃であり,深い悲嘆をもたらした.そのときの感情は,今なお鮮明に記憶に刻まれている.
本書は,倉島先生が文字通りゼロから切り拓いてこられた「日本における外科教育学」の集大成である.従来,外科教育は職人的徒弟制度の延長線上に位置づけられ,「みて覚えろ」「背中をみて学べ」といった暗黙知への依存によって成立してきた.しかし現代の外科診療は,高度化する手術手技のみならず,集学的癌治療,多職種連携,医療安全,患者・家族とのコミュニケーション,さらには終末期医療にいたるまできわめて複雑化している.このような環境下において,教育を経験則や属人的能力に委ねることはもはや許されない.
第1 章で提示される「医療者は教育の方法を教育されていない」という指摘は,本書全体を貫く根源的命題である.医学教育学の観点からみれば当然の事実であるが,日常診療に追われる外科医にとってはきわめて示唆的であり,耳の痛い指摘でもある.優れた外科医であることと,優れた教育者であることは決して同義ではない.本書はそのギャップを埋めるための理論的基盤と実践的方略を体系的に提示している.もちろん,本書で紹介される教育理論や評価手法を一朝一夕に実践へ移行することは容易ではない.われわれ外科医は,教育学に関する基礎的素養を十分に身につける機会がなかったからである.しかし重要なのは,すべてを完璧に実践することではなく,まず教育に対する認識論的転換を受け入れることであろう.教育を「勘と経験」から「科学と検証」の領域へ移行させるという理念そのものが,本書の最大の価値である.
特に印象深かったのは,第8 章2 節「自己とチームのウェルビーイング」である.本章は倉島先生ご自身の執筆ではないものの,日本外科教育学会の方々が先生の思想を深く継承して執筆されたことが強く伝わってくる.近年,医療者のバーンアウトや離職は世界的な課題となっているが,外科領域はその最前線にある.自らの心身の健康を損なった状態で,患者に質の高い医療を提供することは不可能である.しかし皮肉にも,これまでの外科文化は自己犠牲を美徳として称揚し,時にウェルビーイングとは対極にある価値観を内包してきた.本章はその歴史的慣習に対する静かな,しかし力強い異議申し立てであり,本書の思想的中枢を形成しているように感じられた.
本書は単なる教育マニュアルではない.外科医育成の哲学書であり,外科教育学の入門書であり,そして将来の外科医療を支えるための戦略書でもある.倉島先生が遺された知的遺産は,外科医不足という危機に直面する現代において,ますます重要性を増していくであろう.すべての外科指導医,そしてこれから外科の未来を担う若手外科医に,本書を強く推薦したい.
臨床雑誌外科88巻8号(2026年8月号)より転載
評者●富山大学消化器・腫瘍・総合外科教授・藤井 努

