心臓血管外科手術の落とし穴
編集 | : コ永滋彦 |
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ISBN | : 978-4-524-20458-8 |
発行年月 | : 2024年3月 |
判型 | : B5判 |
ページ数 | : 194 |
在庫
定価7,920円(本体7,200円 + 税)
- 商品説明
- 主要目次
- 序文
- 書評
胸部外科教育施設協議会推奨.総勢16名の心臓血管外科医が経験した失敗例・トラブル例を,同じ轍を踏ませないため,出し惜しみせず公開.定番から最新の手術,周術期管理にいたるまで,140件以上のトラブルの原因と対処法を解説.1ケース1ページのコンパクト設計で手術の予習・復習に最適.取り返しのつかないミスを起こす前にこの一冊.
第1章 胸骨正中切開・開胸時の落とし穴
1.1 胸骨に近接した気管の損傷
1.2 胸骨に近接した無名動脈(弓部分枝)の損傷
1.3 左右に偏った胸骨切開
第2章 閉胸時の落とし穴
2.1 ドレーン関連のつまづき:損傷,縫い込み,巻き込み,留置忘れ
2.2 冷生食心囊腔内洗浄によるVf
2.3 胸骨ワイヤー刺入時の臓器損傷
2.4 胸骨閉鎖時の循環破綻
2.5 胸骨骨髄からの出血(→再開胸)
2.6 Swan-Ganzカテーテル縫い込み
第3章 人工心肺確立の落とし穴
3.1 タバコ縫合
3.2 上行大動脈の性状確認
3.3 送血カニューラ挿入と人工心肺開始前の確認事項
3.4 送血カニューラ空気抜きと回路接続
3.5 ベント挿入:肺へ,空気混入,送気防止確認
第4章 人工心肺中,weaningの落とし穴
4.1 術中解離
4.2 カニューラ(送血管・脱血管)が抜けた
4.3 脱血不良:術後うっ血性肝障害
4.4 空気抜き(de-airing)
4.5 デクランプ後のVf持続
4.6 人工心肺weaning確認事項
第5章 心筋保護の落とし穴
5.1 順行性心筋保護:重症大動脈弁閉鎖不全症例の心筋保護液注入
5.2 逆行性心筋保護
5.2.1 逆行性心筋保護カニューラが入らない
5.2.2 冠静脈洞(CS)損傷
5.2.3 左 SVC 遺残(LSVC)症例の逆行性心筋保護(LSVCの人工心肺カニュレーション法)
5.3 選択的冠灌流:右冠動脈が見つからない,short LMT,冠動脈孔の損傷,解離(特に大動脈解離症例)
第6章 虚血性心疾患手術(バイパス術など)の落とし穴
6.1 内胸動脈採取において
6.2 グラフト選択:flow competition
6.3 冠動脈テーピング時の右室穿孔
6.4 ポジショナーの心尖部牽引による心筋裂傷
6.5 大動脈中枢吻合:パンチアウト時の大動脈解離,粥腫崩壊
6.6 冠動脈切開部の石灰化内膜の剝離
6.7 冠動脈の心筋内走行,脂肪層深部走行
6.8 LITA損傷時,解離時の対処
6.9 冠動脈プローベ(ゾンデ)による冠動脈穿孔
6.10 SVGねじれ,吻合後のSVGが長い,短い
6.11 冠静脈へのグラフト吻合:炎症性疾患での静脈肥厚
第7章 大動脈弁手術の落とし穴
7.1 大動脈弁置換術
7.1.1 弁周囲逆流
7.1.2 カフリーク
7.1.3 冠動脈閉塞
7.1.4 バルブスーチャーと弁座の逆方向糸かけ
7.1.5 AVR術後の収縮期前方運動(SAM)
7.2 基部置換
7.2.1 LCA,RCAキンキング
7.2.2 右室損傷
7.2.3 膜様中隔,interleaflet triangle穿孔
7.2.4 First rowの糸かけによる僧帽弁損傷,膜様部心室中隔穿孔
7.2.5 遺残弁逆流
7.3 大動脈弁へのアプローチ,閉鎖時
7.3.1 外側からのRCA損傷
7.3.2 大動脈壁高度石灰化時,AS石灰化除去後洗浄(Ao側も)
7.3.3 Ao 閉鎖前のベント off(脱気),aortotomy閉鎖糸による大動脈解離(基部)
第8章 僧帽弁手術の落とし穴
8.1 僧帽弁置換術
8.1.1 弁周囲逆流
8.1.2 冠動脈損傷,伝導路損傷,大動脈弁損傷
8.1.3 左室破裂
8.1.4 僧帽弁輪石灰化(MAC)
8.1.5 人工弁の向き,生体弁への糸のギャザリング
8.1.6 機械弁使用時のベントの引っかかり:真ん中を通さない
8.2 僧帽弁形成術
8.2.1 SAM(起きやすい条件,対処法)
8.2.2 リングのひずみに注意:回転しないよう,リングスーチャー幅の調整
8.2.3 弁尖縫合時の単結節縫合:縫合糸間からのリーク
8.2.4 弁尖縫合時の連続縫合:パースストリング効果による弁尖高短縮
8.2.5 バンド縫着:左右線維角付近の弁輪糸かけに注意
8.2.6 リークが残った:どこまで頑張るか?
8.2.7 生食逆流テストによる見落とし(透明なため),blood cardioplegia液がよい
8.3 僧帽弁へのアプローチ,閉鎖時
8.3.1 右側左房切開時の RA損傷
8.3.2 Superior transseptal incisionの落とし穴
8.3.3 僧帽弁視野出しプレジェットの取り忘れ
第9章 三尖弁手術の落とし穴
9.1 リングスーチャーによる弁輪損傷,腱索巻き込み,RCA損傷
9.2 大動脈弁,Valsalva洞損傷
9.3 房室ブロック
第10章 複合弁手術の落とし穴
10.1 大動脈弁置換術+僧帽弁置換術の順番
10.2 人工弁干渉:AVR+MAP,AVR+TAP
第11章 大動脈手術の落とし穴
11.1 オープンステント偽腔挿入
11.2 FET後の大動脈リモデリングによる対麻痺
11.3 人工血管長すぎ(溶血性貧血,遠隔期椎体圧迫骨折による人工血管の屈曲)
11.4 人工血管短すぎ(吻合部破綻)
11.5 吻合部仮性瘤(BioGlue)
11.6 右房への1本脱血の落とし穴
11.7 大動脈解離:弓部分枝テーピングの落とし穴
11.8 大動脈連続縫合の落とし穴
11.9 基部大動脈交連部resuspensionの落とし穴
11.10 急性大動脈解離診断ミス
11.11 全弓部置換術における脆弱な分枝再建
第12章 Maze手術の落とし穴
12.1 左PV isolation時のLVベント焼却離断
12.2 左PV isolation時の気管支損傷
第13章 先天性心疾患手術の落とし穴
13.1 動脈管損傷
13.2 横隔膜神経損傷
13.3 食道損傷
13.4 伝導路損傷
13.5 冠動脈損傷(解剖学的異常)
13.6 VSD閉鎖パッチによる左室流出路閉鎖
13.7 チアノーゼ性心疾患異常側副血行路症例の開胸における大出血
13.8 Jatene手術におけるLecompte法にした後のやり直し
13.9 RUPVベント挿入時の後壁損傷
13.10 ASD閉鎖後LOS
第14章 TEVARの落とし穴
14.1 アクセストラブル
14.2 ガイドワイヤートラブル:ガイドワイヤーによる解離
14.3 Migration,中枢および末梢の解離・瘤化
14.4 B型解離エントリー閉鎖後急速拡大
14.5 遠隔期ステント関連感染
14.6 debranch部分の感染
第15章 TAVIの落とし穴
15.1 大動脈解離,損傷
15.2 バルーン破裂
15.3 TAVI弁migration(心臓側,大動脈側)
15.4 僧帽弁腱索損傷
15.5 心尖部心筋損傷
15.6 ガイドワイヤー引き抜け
15.7 左室穿孔,破裂
15.8 TAVIクリンプ時の落とし穴
第16章 MICSの落とし穴
16.1 DCパッド貼り忘れ
16.2 対側肺気胸,縦隔圧迫
16.3 解剖学的視野不良
16.4 下肢虚血(NIRS必須)
16.5 再膨張性肺水腫
16.6 ベントチューブによるLV損傷
16.7 左心耳損傷
16.8 Abdominal compartment syndrome
第17章 感染性心内膜炎の落とし穴
17.1 Vegetationによる冠動脈塞栓
第18章 周術期管理の落とし穴
18.1 術前
18.1.1 術前説明直後の急死
18.1.2 術前浣腸後の心停止
18.1.3 鼻腔内MRSA
18.1.4 消化管出血(便潜血)
18.1.5 口腔内衛生
18.1.6 術前ヘパリン置換不良による脳梗塞など
18.2 術後
18.2.1 ベッド移動時のVf
18.2.2 ドレーンミルキング(胸膜痛,バイパスグラフト損傷,抜去)
18.2.3 右心耳縫着の一時的ペースメーカによる上行大動脈損傷
18.2.4 CVカテーテル抜去後の空気塞栓
18.2.5 術後DVT
18.2.6 術後せん妄
18.2.7 認知症:手術による心不全回復で正常化することあり
18.2.8 非閉塞性腸管虚血(nonocclusive mesenteric ischemia:NOMI)
第19章 その他の落とし穴
19.1 術野上でのメスの落下
19.2 トロッカー挿入による肺損傷
19.3 術中のメス刺し,針刺し
19.4 Cクランプを使用した血管への人工血管端側吻合時の後壁損傷,縫い込み
19.5 破損した手術器具の左室内遺残
19.6 カニューラ,ドレーンチューブ固定時の針による損傷
19.7 各種処置時間帯
19.8 運針時の手の震え
番外編
EX.1 再胸骨切開時の落とし穴:安全な再手術のために
EX.2 心臓移植の落とし穴
索 引
われわれ心臓血管外科医が行う手術では,皮切から閉創までの一連の過程はもちろん,周術期を含めてすべてがうまくいって初めて無事に手術を終えることができる.しかし手術中に思わぬ地雷(落とし穴,罠)が隠れていて,それを踏んでしまうことで大きく横道にそれてしまうこともよくある話である.そのような時にはなんとか軌道を修正しなければならない.しかし,場合によっては軌道修正がうまくいかず,不幸な結果に終わることもありうる.筆者自身も肝を冷やす思いを数多く経験してきた.今日1人の心臓外科医が踏みつける地雷は,過去に別のところで誰かが踏んだものと同じものであることも多々ある.もし過去に先人が踏みつけてしまった地雷の危険性を皆で共有することができたら,同じ酷い目に会うことも回避できるのではないか? これが本書を出版しようと思ったきっかけである.
大学病院以外の市中病院の集まりである「胸部外科教育施設協議会(J-CONNECTS;JapaneseCouncil of designated teaching institutions for Cardio-Thoracic Surgery)」という組織がある.2021年の第33回学術集会で筆者が世話人を担当させていただいた折に「心臓血管外科手術の地雷」というセッションを組んだ.全国の手術の現場で患者と日々向き合っているバリバリの心臓外科医たちがやらかしたことがある,見たことがある,聞いたことがある,さまざまな地雷の発表で,思わず身を乗り出したものであった(WEB開催であったが).今回,その時のセッションをもとに全国のJ-CONNECTSの先生方に声をかけ,また筆者自身の経験を加えてまとめたのが本書である(心臓移植に関しては九州大学の塩瀬明先生,牛島智基先生にご執筆いただいた).現在,心臓血管手術を行っている外科医はもちろん,これから手術を始める若い先生方にぜひ本書を手に取っていただき,どこにどのような地雷が隠れているかを察知し,少しでも安全な手術を行うことに役立てていただければ幸いである.本書作成にあたり,多忙な中これまでの経験をもとに寄稿いただいた分担執筆の先生方に心より感謝を申し上げたい.また本書発刊のためにご尽力いただいた南江堂の杉山孝男氏,高橋龍之介氏,八幡晃司氏に深く御礼を申し上げたい.
手術を行うすべての心臓血管外科医,そして何よりわれわれを信頼して手術を受ける決断をした(する)患者さん達に本書を捧げます.
追伸:当初『心臓血管外科手術の地雷』というタイトルを考えていましたが,昨今の世界情勢に鑑み『心臓血管外科手術の落とし穴』としました.
2024年2月
JCHO九州病院心臓血管外科 コ永 滋彦
「落とし穴」というタイトルを冠した本書を何気なく手にとってページをめくると,「あ,こういう本なのか」と新鮮さを感じることだろう.約190ページからなる本書は「手術中の予期せぬ事態」についてのみ書かれている.めくってもめくっても術中トラブルとその対策について記されている,既存の教科書とまったく異なる着眼点でつくられた本である.
心臓血管外科医はほかの診療科と比べて遅咲きで,長い修練期間を要する.それは,心臓血管外科手術には無数の地雷が存在するからにほかならない.手術を修得しようと思ったら教科書を読むのは有用だが,そこに書かれているのは“how to do”である.それだけ読めば手術ができるわけではない.なぜなら手術には“how to do”のほかに,その何倍もの“not to do”が存在するからである.この“not to do”がとにかく大事で,百戦錬磨の外科医たちは人より多くの“not to do”を知っているから手術の成績がよいのだと推測する.人工心肺カニュレーション一つとっても無数の“not to do”が存在し,修練医はそれらを指導医から厳しく叱咤されながら学んでいくものであった.たとえば大動脈のタバコ縫合をメスで切らないためには何に気をつけたらよいか,上行大動脈の性状確認はどのようにすべきか,送血カニューレ挿入時に解離を生じないためにはどうすればよいか,こうした知見が本書には全ページにわたり写真やイラストをふんだんに交えながら詰め込まれている.「なるほど,こうすればよかったのか」「え! こんなことが起こるの?」といった発見の連続が本書にはある.
こういう本をみんな待っていたのではないだろうか.手術中に一歩間違えれば起こりえた危険をギリギリのところで回避できたときや,予期せぬ事態に見舞われても適切に対処して切り抜けたとき,それは患者さんの命を守った瞬間である.本書はきっと日本全国で多くの患者さんの命を守る本になると私は確信している.そして,それは同時に外科医を守ることにもつながる.悲惨な合併症を自らの手で起こしたい外科医はいない.命を預かる外科医にとって,落とし穴を事前に知らせてくれる本書は自分の外科医生命を守る命綱にもなりうるのである.
私の半生を振り返ってみれば,これまでたくさんの落とし穴に落ちてきたように思う.子どものころから勉強や部活,恋愛や人間関係において落とし穴にはまったことは数えきれず,そのたびに不出来な自分に落胆したものだった.成長期のそうした経験の積み重ねで,次はうまくやろうとか,こんなときはこうしたほうがよいとか,そうやって大人に向かって成熟してきた.“Every mistake is a stepping stone towards success”という言葉のとおり,失敗した経験がなければ正解にも辿り着けないような気がする.ただし,自分の失敗談を他人に知られるのは気が引ける.自分は挫折せずに順風満帆な人生を送ってきたように周りに振る舞いたいという見栄があるからである.学術集会や論文で不自然によい成績の発表ばかりがはびこるのも,そうした人間の見栄が働いて人にみせたいよい部分だけを抽出して発表しているからだと感じる.しかし,真に共有すべきは「苦しんだ経験」であり,それは聞く人々に成長をもたらすものだと思う.だからこそ本書は貴重だと私は感じた.「いかにうまくやっているか」よりも「いかに苦しみ,それを切り抜けたか」のほうが聞く人にとって何倍も有益ではなかろうか.
われわれは心臓血管外科医として修練を始めたときから,無数の地雷の中を歩き続ける宿命を負っている.エキスパートとして名高い先生方が「地雷はここにある,もしここを通るのならこうしなさい」と示してくれた情報が詰まった本書が少しでも多くの修練医に読まれ,患者さんの命を救うことを願っている.そして本書の読編が第二弾,第三弾と続いていくことを期待している.
胸部外科77巻9号(2024年9月号)より転載
評者●日本心臓血管外科学会U-40代表幹事,大和成和病院心臓血管外科病棟長・高橋賢一朗