整形外科医のための手術解剖学図説原書第6版
監訳 | : 川口善治/田中康仁/酒井昭典 |
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ISBN | : 978-4-524-20373-4 |
発行年月 | : 2023年7月 |
判型 | : A4変 |
ページ数 | : 898 |
在庫
定価41,800円(本体38,000円 + 税)
- 商品説明
- 主要目次
- 序文
- 書評
約40年にわたり安全な整形外科手術を支えてきた,まさにレガシーというべき書籍の全面改訂版.手術手技の発展にともない新たな21の手術アプローチと文献が追加され,外科医の視点からわかりやすく解説された局所解剖図はその数圧巻の900点.基本的で確実なアプローチとテクニックのみならず,今改訂の訳本でも訳者らの手術時の工夫が掲載され,さらに充実した1冊となっている.
本書の使用方法
整形外科手術手技序説
第1章 肩
1 鎖骨への前方アプローチ
2 鎖骨への最小侵襲アプローチ
3 肩関節への前方アプローチ
4 肩関節への前方アプローチに必要な外科解剖
5 肩鎖関節と肩峰下腔への前外側アプローチ
6 上腕骨近位部への外側アプローチ
7 上腕骨近位部への外側最小侵襲アプローチ
8 髄内釘のための上腕骨近位部への前外側最小侵襲アプローチ
9 肩関節への前外側および外側アプローチに必要な外科解剖
10 肩甲骨と肩関節への後方アプローチ
11 肩甲骨と肩関節への後方アプローチに必要な外科解剖
12 肩関節への関節鏡後方および前方アプローチ
後方ポータルからの肩関節鏡視
第2章 上 腕
1 上腕骨骨幹部への前方アプローチ
2 上腕骨骨幹部への前方最小侵襲アプローチ
3 上腕骨への後方アプローチ
4 上腕骨遠位部への前外側アプローチ
5 上腕骨遠位部への外側アプローチ
6 上腕骨遠位部への内側アプローチ
7 上腕部の手術に必要な外科解剖
第3章 肘関節
1 肘頭骨切り術を加えた肘関節への後方アプローチ
2 肘頭骨切り術を加えない肘関節への後方アプローチ
3 上腕骨遠位部に対する上腕三頭筋温存後方アプローチ
4 肘関節への前内側アプローチ
5 尺骨鉤状突起に対する後内側アプローチ
6 肘関節への前外側アプローチ
7 肘窩部への前方アプローチ
8 橈骨頭への後外側アプローチ
9 肘関節手術に必要な外科解剖
肘関節への内側アプローチに必要な外科解剖
肘関節への前外側アプローチに必要な外科解剖
肘窩部への前方アプローチに必要な外科解剖
肘関節への後方アプローチに必要な外科解剖
第4章 前 腕
1 橈骨への前方アプローチ
2 前腕の前方コンパートメントの手術に必要な外科解剖
3 尺骨骨幹部の展開
4 尺骨へのアプローチに必要な外科解剖
5 橈骨への後方アプローチ
6 橈骨への後方アプローチに必要な外科解剖
7 前腕コンパートメント症候群の治療におけるアプローチ
前腕屈筋コンパートメントの減圧のための前方アプローチ
前腕屈筋コンパートメントの減圧のための後方アプローチ
前腕屈筋コンパートメントの減圧のための尺側アプローチ
第5章 手関節と手
1 手関節への背側アプローチ
2 手関節背側の手術に必要な外科解剖
3 橈骨遠位への掌側アプローチ
4 手根管と手関節への掌側アプローチ
5 尺骨神経への掌側アプローチ
6 手関節掌側の手術に必要な外科解剖
7 指屈筋腱への掌側アプローチ
8 基節および中節部の指屈筋腱鞘への側正中アプローチ
9 指節骨と指節間関節への背側アプローチ
10 指屈筋腱の手術に必要な外科解剖
腱の血行
11 舟状骨への掌側アプローチ
12 舟状骨への背外側アプローチ
13 手における膿瘍ドレナージ
理想的な手術条件
14 爪周囲炎に対するドレナージ
15 指腹腔感染(ひょう疽)に対するドレナージ
16 指間腔感染に対するドレナージ
17 指の指間腔の解剖
18 母指の指間腔の解剖
母指内転筋
第1背側骨間筋
動脈
19 腱鞘の感染
20 深手掌腔の感染
21 内側腔(手掌中央腔)に対するドレナージ
22 外側腔(母指腔)に対するドレナージ
23 深手掌腔の手術に必要な外科解剖
外側腔(母指腔)
内側腔(手掌中央腔)
24 橈側滑液鞘に対するドレナージ
25 尺側滑液鞘に対するドレナージ
26 手の解剖
手掌
手背
第6章 脊 椎
腰 椎
1 腰椎への後方アプローチ
2 腰椎への後方最小侵襲アプローチ
3 腰椎への後方アプローチに必要な外科解剖
4 腰椎への前方(経腹膜)アプローチ
5 腰椎への前方(後腹膜)アプローチ
6 腰椎への前方アプローチに必要な外科解剖
7 腰椎への前側方(後腹膜)アプローチ
頚 椎
8 下位(C3〜 C7)頚椎への後方アプローチ
9 下位頚椎への後方アプローチに必要な外科解剖
10 上位(C1〜 C2)頚椎への後方アプローチ
11 上位頚椎への後方アプローチに必要な外科解剖
12 頚椎への前方アプローチ
13 頚椎への前方アプローチに必要な外科解剖
胸 椎
14 胸椎への後側方アプローチ(肋骨横突起切除術)
15 開胸による胸椎への前方アプローチ
胸腰椎/脊柱側弯症
16 脊柱側弯症に対する胸腰椎への後方アプローチ
17 胸腰椎への後方アプローチに必要な外科解剖
18 肋骨切除のための後側方アプローチ
19 肋骨骨折に対する固定のためのアプローチ
20 筋肉を温存した後側方からの肋骨プレートのためのアプローチ
21 肋骨のプレート固定のさいの腋窩アプローチ
第7章 骨盤と寛骨臼
1 採骨のための腸骨稜への前方アプローチ
2 採骨のための腸骨稜への後方アプローチ
3 恥骨結合への前方アプローチ
4 仙腸関節への前方アプローチ
5 仙腸関節への後方アプローチ
6 骨性骨盤へのアプローチに必要な外科解剖
7 寛骨臼への腸骨鼡径アプローチ
8 寛骨臼への腸骨鼡径アプローチに必要な外科解剖
9 寛骨臼への前方骨盤内アプローチ
10 寛骨臼への前方骨盤内アプローチに必要な外科解剖
11 寛骨臼への後方アプローチ
第8章 股関節
1 股関節への前方アプローチ
2 股関節への前方最小侵襲アプローチ
3 股関節への前外側アプローチ
4 股関節への外側アプローチ
5 股関節への前方,前外側および外側アプローチに必要な外科解剖
6 股関節への後方アプローチ
7 股関節および寛骨臼への後方アプローチに必要な外科解剖
8 股関節への内側アプローチ
9 股関節への内側アプローチに必要な外科解剖
第9章 大腿骨
1 大腿骨への外側アプローチ
2 大腿骨への後外側アプローチ
3 大腿骨遠位2/3への前内側アプローチ
4 大腿骨への後方アプローチ
5 大腿骨遠位部への最小侵襲アプローチ
6 大腿骨遠位部へのアプローチ
7 遠位大腿骨顆部への前方アプローチ(Swashbuckler アプローチ)
8 大腿骨内側顆への内側アプローチ
9 遠位大腿骨顆部への外側アプローチ(Gerdy 結節骨切りによるアプローチ)
10 髄内釘のための大腿骨近位部への最小侵襲アプローチ
11 大腿骨の逆行性髄内釘のための最小侵襲アプローチ
12 大腿部の手術に必要な外科解剖
半膜様筋
半腱様筋
第10章 膝関節
1 関節鏡視の一般的原則
2 膝への関節鏡アプローチ
3 膝関節鏡視
4 内側傍膝蓋アプローチ
5 膝関節への内側アプローチとその支持組織
6 膝関節への内側アプローチに必要な外科解剖
7 膝関節への外側アプローチとその支持組織
8 膝関節への外側アプローチに必要な外科解剖
9 膝関節への後方アプローチ
10 膝関節への後方アプローチに必要な外科解剖
11 内側半月切除術のためのアプローチ
12 外側半月切除術のためのアプローチ
13 前十字靱帯手術のための大腿骨遠位部への外側アプローチ
第11章 脛骨と腓骨
1 脛骨外側プラトーへの前外側アプローチ
2 脛骨近位部への後内側アプローチ
3 脛骨プラトーへの後外側アプローチ
4 脛骨プラトーへの後内側アプローチ
5 脛骨近位部への前外側最小侵襲アプローチ
6 脛骨への前方アプローチ
7 脛骨遠位部への前方最小侵襲アプローチ
8 脛骨への後外側アプローチ
9 腓骨へのアプローチ
10 下腿部の手術に必要な外科解剖
11 下腿コンパートメント症候群に対する減圧のためのアプローチ
12 膝蓋下脛骨髄内釘のための最小侵襲アプローチ
13 膝蓋上脛骨髄内釘のための最小侵襲アプローチ
第12章 足と足関節
足関節ならびに後足部
1 足関節への前方アプローチ
2 内果への前方および後方アプローチ
3 足関節への内側アプローチ
4 足関節への後内側アプローチ
5 足関節への後外側アプローチ
6 外果への外側アプローチ
7 足関節および足の後方部への前外側アプローチ
8 足の後方部への外側アプローチ
9 後距踵関節への外側アプローチ
10 距骨頚部への前外側アプローチ
11 距骨頚部への前内側アプローチ
12 踵骨への外側アプローチ
13 足関節ならびに距骨下関節固定術のための後足部髄内釘(足底アプローチ)
14 足関節へのアプローチに必要な外科解剖
足関節内側アプローチ
足関節前方アプローチ
足関節外側アプローチ
15 後足部へのアプローチに必要な外科解剖
中足部
16 足の中央部への背側アプローチ
17 舟状骨へのアプローチ
18 立方骨へのアプローチ
19 Lisfranc 関節への背内側アプローチ
20 Lisfranc 関節への背外側アプローチ
前足部
21 第1中足骨への背内側アプローチ
22 母趾中足趾節(MTP)関節への背側アプローチ
23 母趾中足趾節(MTP)関節への背内側アプローチ
24 外反母趾手術のための背外側アプローチ
25 中足骨と第2〜5中足趾節(MTP)関節への背側アプローチ
26 前足部の手術に必要な外科解剖
足背の解剖
足底の解剖
第13章 創外固定のアプローチ
1 上腕骨
2 橈骨・尺骨と手関節
3 骨 盤
4 大腿骨
5 脛骨・腓骨
6 足関節
原書第6版の序
本書初版の発刊にさいして著者の一人に寄せられた優れた助言の1つに,“序文を読む人はいても少数”であるので,序文は長くないほうがよいというものがあった.では,なぜ第6版でも序文を書くのかということになるが,それに対しての答えは,本版でどのような変更がなされたか,その変更の理由は何かをお知らせすることにある.
「整形外科医のための手術解剖学図説」は37年前に初版が発刊された.本書は外科医が患者を治療するために作られたものであり,初版以来その目的を達成している.その後本書は常にベストセラーとなり,電子版や剽窃版を含め世界の各国で使われている.いくつかの医療センターではこの中のもっとも重要な図版をラミネートコピーし,手術室で外科医のために壁に貼っているところもある.現著者の2人は,50年以上にわたって外傷学を教えている教授で,この本が使われていなかった国は皆無であったと述べている.初版の緒言では「本書は一般的に用いられている整形外科手術のアプローチのテクニックを説明し,そのアプローチに関連する解剖を解説している」と述べている.この緒言は本書の基本的な考えを表している.
著者らは,本書は多くの場合,A.K. Henry の「古典的な」外科的アプローチを解説した解剖学書を用いて勉強しているレジデントによって使われていることを,フォーカスグループの調査から認識している.しかしもっとも経験豊かな外科医でさえ,まれな手術のさいには本書に含まれている情報の有用性を評価している.
第6版を作成するには,多くの理由があった.整形外科手術は進歩しない学問ではない.基本的な解剖学的知識は決して変化しないが,手術と外科的技術のテクニックは絶えず進化している.本書には21の新たな外科的アプローチを含めた.
*初版で解説された肋骨骨折の固定についての見解は当時としては風変わりなようだったかもしれない.しかし,この記述は現在では多発外傷のさいのフレイルチェストの管理の一部として認識されている.本書にある2つの外科的アプローチは,胸壁の解剖を学ぶとともに,肋骨の骨折部位を展開するための記載である.
*上腕骨近位骨折のためのネイルのデザインが変更されたため,このネイルの挿入に使用される外科的アプローチの記載の変更が必要となった.また,脛骨ネイルの挿入の技術は進歩した.よってとくに本書では近位骨折の処置に役立つネイル挿入のための膝蓋骨上部アプローチの記載を追加した.
*鎖骨に対する最小侵襲手術法を,これまでの手術アプローチとともに追加した.また肩への後方進入アプローチは修正し,肩甲骨骨折に対する固定術の重要性を反映して拡大記載した.
*上腕骨遠位部に対する上腕三頭筋温存後方アプローチを追加することによって,上腕三頭筋の機能を温存しつつ上腕骨遠位への展開を図りたいと考える一部の外科医の要求に答えた.
*内側顆上部の骨切りをせずに展開することができる肘関節への前内側アプローチを追加した.
*橈骨頭への後外側アプローチの記載を,Kaplan の基本線と肘筋と尺側手根伸筋の間にある古典的な神経間隙を区別するために拡大した.肘関節への前方アプローチの最近の記述を,尺骨の鉤状突起への到達のために加えた.
*高エネルギー外傷によって引き起こされる骨盤と寛骨臼骨折の発生率は先進国で減少しているが,発展途上国では増加している.骨盤前柱への古典的な腸骨鼡径アプローチを用いることは少なくなっているが,それにとって代わって前方骨盤内アプローチ(Stoppa アプローチ)が骨盤および寛骨臼ユニットに使用されることが多くなっている.このアプローチの記載をこれまでの骨盤アプローチのレビューとともに含めた.
*股関節脱臼を整復するために必要な転子骨切り術の記載を,Noetztli 教授からアドバイスを受けて変更した.
*大腿骨遠位部への3つのアプローチ法を,とくに垂直面(Hoffa 骨折)の骨折のような末梢の関節骨片の固定を行うために追記した.
*開放式半月切除術(open meniscectomy)は今となっては歴史的に行われていた手技であるといえる.関節鏡の手技がこれに取って代わった.開放式半月切除術は本書からは削除した.前十字靱帯再建術におけるover the top アプローチは精密なジグが導入されたために削除した.
*関節と足趾へのアプローチの章は,距骨,立方骨,舟状骨とLisfranc 関節への8つの新しい外科的アプローチが記載され,大幅に拡張された.
*外固定に関する章は修正された.貫通ピンは,もはや使われなくなったからである.架橋型創外固定器が頻繁に使用されるようになり,足部の外固定については,本書で初めて詳細に記載した.
読者の多くは本書に含まれる引用文献を使用してはいないが,著者らはこれらの引用文献の多くが時代遅れであることに気がついていた.よって本書では新しい引用文献を必要に応じて新しく含めた.文献検索にはPubMed を用いた.
この本の強みは初版から一貫して外科医の視点から手術のアプローチを図を用いて明確に解説していることである.古典的なアプローチは,今でももっともよく使用される.われわれは,安全な手術の鍵は解剖についての確かな知識であると信じている.アプローチがより縮小していくと,逆に解剖学的知識の必要性はより増してゆく.したがって,われわれは,本書のタイトルが“Surgical Exposures in Orthopaedics −The Anatomic Approach”であるように,これが今日でも適切な名称であると考えている.
最後に,本書の全項目が新たなものとなり,多数の小さな訂正が行われた.この作業にはスイスのバーゼル大学ORTP 助手,Peter S. Saubermann 博士のかけがえのない援助なしでは不可能であった.彼は,文章の一字一句を調べ上げ,有用な改訂案を提案し,そのおかげで本書は作成された.
Piet de Boer
Richard Buckley
Stanley Hoppenfeld −個人的な回想
2020年,本書の筆頭編集者であるStanley Hoppenfeld が亡くなった.彼を友人として知っている私たちにとって彼の死は,多くの悲しみをもたらすと同時に,多くの思い出を呼び起こした.以下は,彼に関する私の回想である.
1980年,私は彼から本書の執筆を依頼された.彼は,脊柱側弯症の治療を中心に臨床に携わっていた.私はロンドンのSt Thomas病院から米国に派遣された客員研究員であった.彼と私は2人ともブロンクスのJacobi病院に勤務していた.この病院は,Albert Einstein医科大学を拠点とする研修プログラムを実施していた.長年にわたって彼はYeshiva大学で局所解剖学の講義をしていたが,彼はアイルランドの解剖学者で,Cairo大学の解剖学教授として長年活躍していたA.K. Henryの研究に興味を持っていた.Henryが提唱した,外科医が骨や関節に安全にアクセスするためにinternervous planes を利用するという考え方に,彼は魅了されていた.そして彼は,Henryの概念に基づいた外科的アプローチの教科書を作ることを思いついたのである.
解剖学を教えるとき,彼にはいつもHugh Thomasがついていた.Hugh はそうして解剖学を学び,芸術的才能を医学の分野で発揮するようになった.Hughと彼は,本書の執筆前に,すでに2冊の教科書“Orthopaedic Neurology”“Physical Examination of the Spine and Extremities”を完成させていた.この2冊は,Columbia大学で英語を専攻していたRick Huttonが編集したもので,しばらくの間,彼は,Hugh とRick の3人でニューヨークの独身アパートをシェアしていた.
本書執筆に着手する際,彼自身は執筆の時間がないことを十分承知していた.そんなとき,彼は渡米中の英国人客員研究員が英国のプライマリーフェローシップ試験に合格するために解剖学の広範な知識を持っていることに気づいたのである.私は本書の執筆を依頼された最初の客員研究員ではないが,私は彼からの執筆依頼の申し出を引き受けた.私が最初に取り組んだのは,橈骨への前方アプローチについて解説することであった.これは,昔も今も,私の好む解剖学的アプローチであった.彼とRickのいる打ち合わせの席で最初に返された私の原稿は,すべてのページが赤いインクで覆われており,原文がまったく残っていなかった.Rickが「君の言葉はラテン語で書かれているんだよ」と話していたのを覚えている.私は,手術の方法を説明するときの言葉づかいを学んでいった.
この本の最終的な構成が決まるのに半年近くがかかった.どのアプローチも同じような構成で,ランドマークや皮切などが説明されることとなった.彼は完璧な助言者であった.偉大な教育者である彼は,何が効果的で何が効果的でないかを知っていた.そして,教育的な文章を書くために何が必要であるかを知っていた.それは他に類をみないものであった.最終的な文章を完成するのにさらに1年がかかった.夜,原稿を書き,翌日,彼にそれを渡し,あくる日までに彼の研究室のタイピストがタイピング原稿を完成させるという作業が続いた.ブロードウェイのHughのオフィスでは,ドン・ジョヴァンニの音楽が聞こえるなか,彼と一緒に何時間も座りながら外科的アプローチを示す医学イラストを完成させていった.
そしてついに,凍えるような寒さのマンハッタンで,私たちはLippincott社に本書を売り込むため,Stuart Freemanとの朝食会に臨んだのであった.Hughはフォリオサイズ(22×33cm)の原画を持参していた.打ち合わせは短時間で終わり,気がつくと私はもうすぐ出版される書籍の共著者になっていた.脊椎の章を除いて,原文はすべて私が執筆したものだが,本書のアイデアはすべて彼のものであった.彼は,本書を作るうえで最適なキャリアの人たちを集めていました.彼は,私たちの努力に建設的な批判を加えることで,この本を作り上げたのである.また,忘れてならないのは,彼が初版制作時に多くの私財を投じてくれたことである.
2003年の第3版刊行以降,彼の貢献は少なくなったが,本書編集者にRick Buckleyを入れることを彼は強く希望し,2009年からRickが参加することになった.最後の打ち合わせが行われたのは,2017年,スカースデールの彼の自宅であった.このとき彼はパーキンソン病を患っていたが,知性は損なわれておらず,誇らしげに私の末息子に1,000枚を超えるガラス張りのスライドコレクションを披露してくれた.
私は,“Orthopaedic Neurology”を彼の最も優れた著作とみなしているが,彼の残した最も貴重な遺産は本書である.本書は,世界中の外科医が何百万人もの患者を安全に治療するのに役立っており,彼の死は,家族やわれわれ友人にとって痛惜の極みであるが,彼の考え方は,これからもずっと整形外科治療に影響を与え続けることであろう.
Piet de Boer
監訳者の序
Stanley Hoppenfeld,Piet de Boer,Richard Buckleyによる“Surgical Exposure in Orthopaedics −The Anatomic Approach, Sixth Edition”の日本語訳「整形外科医のための手術解剖学図説(原書第6版)」が上梓された.本書は,創刊から30年以上にわたってベストセラーとして多くの整形外科医に愛用されているものである.これまで翻訳を行ってこられた先人の先生方に代わって,新たなメンバーがこの任を受け継がせていただいた.
「ホッペンフェルドの手術アプローチ」と称される本書は,整形外科医が手術を行う際,解剖を確認するための必須の教科書である.監訳者の一人である川口も,1988年医学部を卒業し,整形外科医を志したときに本書の初版を真っ先に購入し,熟読し勉強した.その後も事あるごとに本書を紐解き確認作業を行っている.本書から受けた恩恵は計り知れない.
トレーニングの途上にある外科医は,時に手術の途中で手が止まってしまうことがある.何故か? それは次に展開される組織が頭に描けず,重要臓器,血管,神経などを傷つけてしまわないかという恐れが生じるためである.本書は,表面解剖から浅部組織,深部組織が段階的に詳細に記載されているため,そのような恐れが極力生じないように細心の注意が施されているといえる.ここに示されている段階的な解剖図を徹底的に頭に入れることによって,手術がスムーズかつ安全に進行できるようにと配慮されたものとなっている.
本書において解剖の重要ポイントとして強調されているのはinternervous planeである.この概念については是非本書の一部を引用し,紹介したい.初版の序には,「手術的アプローチを規定する決定的要素はinternervous planeを活用することである.これは,異なった神経によって支配された筋と筋とが接している面を意味するもので,この面で展開を行う限り,その筋は麻痺(神経脱落)を生じることはないのである.したがって,この原則に則ったアプローチでは,十分な広さの骨の展開が可能になるのである.このinternervous planeは,A.K. Henryの最初の記述,すなわち『もし手術の鍵が外科的解剖にあるならば,外科的解剖の鍵はinternervous plane にある』という理念に基づくものである」とある.術者の基本理念として是非押さえておきたい記載である.
第6版の特徴は,手術と外科的技術のテクニックの進化に合わせて,21の新たな外科的アプローチを追加している点である.脊椎については最小侵襲アプローチが解説されており,時代に即した記載に工夫がみられる.さらに肋骨骨折の固定,上腕骨近位骨折のためのネイルのデザイン,鎖骨に対する最小侵襲手術法,骨切り術を加えない肘関節への前内側アプローチ,寛骨臼への前方骨盤内アプローチ,大腿骨遠位部へのアプローチ,距骨,立方骨,舟状骨とLisfranc 関節への新しい外科的アプローチが加えられ,外固定に関する修正もなされた.加えて訳者註として,日本語訳の担当者による独自の経験に基づく解説が随所にみられる.読者には是非これも参考にしていただければ幸いである.
我々は今回本書の日本語訳を担当し,改めて故 辻 陽雄先生,故 寺山和雄先生をはじめ多くの先人先生方の素晴らしいお仕事に感銘を受けた.本書は解剖学的手術アプローチに特化した運動器外科の類をみない手術基本の書であり,これらをわかりやすく,懇切丁寧に解説された先生方に改めて感謝の意を表したい.
本書が,整形外科を志す若い同志に少しでも役に立ち,手術を受けた多くの患者に対し幸せをもたらすならば望外の幸せである.
2023年初春
川口善治
田中康二
酒井昭典
『Surgical Exposures in Orthopaedics:The Anatomic Approach』(編集:Stanley Hoppenfeld,Piet de Boer,Rićhard Buckley)の初版は1984年に刊行され,2005年にその著書の日本語訳である『整形外科医のための手術解剖学図説(原書第3版)』が南江堂から刊行されました.「患者体位」,「ランドマーク」,「皮切」,「internervous plane」,「浅層の展開」,「深層の展開」,「注意すべき組織」と「術野拡大のコツ」と,手術進入の順序に沿った構成を有する本書は,手術を行ううえで非常に重宝され,多くの整形外科医が購読し,活用しています.
医療は絶えず進化しており,新しい手術法や低侵襲法が開発されています.手術のための解剖書の改訂は,これらの最新の技術に適応したより効率的,効果的な手術を行うために必要です.たとえば,脊椎外科,関節外科や外傷分野での低侵襲的なアプローチは,従来法と異なる解剖学的な視野やアクセスポイントを必要とすることがあり,新しい解剖情報が必要です.新しい手術法や低侵襲法における正確な解剖学的知識は,手術の安全性を向上させ,合併症のリスクを低減するのにも役立ちます.したがって,アプローチに対する解剖学的知識の更新は継続的に行われるべきなのです.そのため,本書の「原書第6版の序」で述べられているように,新しい内容が含まれた第6版が刊行されることは,私たち整形外科医にとって非常に有益なことです.
手術を実施する際,局所の解剖学を平面的ではなく三次元的にとらえることが不可欠です.この点,本書は初版から一貫して,手術アプローチを三次元的な視点でとらえるため,合理的に構成されています.一つに神経の損傷リスクを回避するため,internervous plane(神経脱落面)を手術展開に活用しています.すなわち,異なる神経に支配された筋肉同士が接する領域であるinternervous planeが手術アプローチを規定する重要な要素として認識することにより,その筋肉は麻痺(神経損傷)を受けにくくなります.本書を利用している多くの整形外科医は,常に自然とこの概念を意識することになります.
加えて,整形外科手術における浅層と深層の展開が明確に区別されており,浅層と深層の展開についての重要なポイントを述べています.浅層の展開と深層の展開を考えることによって,局所の解剖がより理解しやすくなります.さらに,正確な三次元的解剖アプローチの図が提供されており,これらの図は体表から筋層,深部臓器,骨にいたるまでの段階をわかりやすく示しています.特に解剖学的に重要な箇所では,矢状面や横断面で微妙な色調と影を活用した三次元的解剖アプローチの図が立体的な感覚をもたらします.
各手術手技においての解剖学的に重要なランドマークや注意すべき組織,術野拡大のコツなどを包括的にわかりやすく掲載している点には,教育的な意義があります.解剖学的ランドマークの詳細な説明は,特に手術を学ぶ若い医師にとって,信頼性の高いリファレンスとなり,手術中のナビゲーション性を向上させます.進入の現在地や方向について理解できるため,高い安全性を伴う効率的な手術が実現します.また,手術領域における重要な組織を正確に把握することは,手術領域の環境がより透明になり,目的の部位に安全に到達できるようになります.手術は時に複雑なプロセスが必要とされ,予期せぬ状況が発生することがあります.手術が順調にすすまない場合,術野拡大は有効な解決策を導く適切な対処方法になります.これらは臨床的な対応力を向上させ,手術を円滑に進行させるための確かなサポートになります.
索引について,本書では「図題索引」,「内容項目索引」,そして「用語索引」という三つのカテゴリーに分けられています.この体系は,読者が必要な情報を迅速にみつけるのに役立ちます.さらに,各章の最後に掲載されるオリジナル文献リストは,最新の情報や証拠に基づいたアプローチを示し,さらにそれぞれの文献に触れることは,手術アプローチに関連する知識を深めるのに非常に役立ちます.
手術を行う際,臨床的な安全性は最優先事項です.適切なアプローチは,合併症のリスクを最小限に抑え,患者の安全を確保することを可能にします.本書は,臨床的な整形外科手術のアプローチに欠かせない解剖学的情報を的確かつ網羅的に提供しており,構造的で合理的な手術領域の把握は,手術における臨床スキルの向上に著しい貢献をもたらします.これからも本書は,整形外科領域の手術アプローチに対する必要な知識の獲得を支援する優れた教育的な役割を担っていくものと確信します.歴史のある解剖書は,医学の発展において不可欠な資源であり,私たちにとって宝物です.これらの解剖書を現代に継承し,新しい世代に伝えるために翻訳や監修に携わった先生方の熱意と努力に対して,心からの感謝の意を捧げます.
臨床雑誌整形外科75巻1号(2024年1月号)より転載
評者●大分大学整形外科教授・加来信広