STIのナインストーリーズ
プライマリケアの性感染症
編集 | : 平井由児 |
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ISBN | : 978-4-524-20337-6 |
発行年月 | : 2023年9月 |
判型 | : A5 |
ページ数 | : 232 |
在庫
定価3,960円(本体3,600円 + 税)
正誤表
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2024年01月16日
第1刷
- 商品説明
- 主要目次
- 序文
- 書評
プライマリケアで遭遇しうる梅毒,HIV,淋菌・クラミジアといった9つの代表的な性感染症について,問診から診察,検査,診断,治療,フォローアップ,医療費の目安,専門施設への紹介のタイミング,本人への説明まで,実践的な内容を具体的な症例を提示しながら解説.初めて性感染症の診療を行う医師でも慌てることがないよう,Minimal EssentialsとTimelineも提供.近年増加傾向にある性感染症の慢性化・難治化やさらなる蔓延を防ぐために,プライマリで臨床を行う医師にとって必携の一冊.
T.ストーリーの前に
1 STIはSTIじゃないところから―プライマリケアでのSTI
2 みつけてから,みつけるまで―プライマリケアと専門施設の境界線
3 性のストレス―問診で起きていること
U.ストーリーを聞こう
1 問診は最大の検査―5つのP
2 言えないことは言いたくないこと―1つのSTIはその他のSTIの糸口
V.ストーリーを確かめよう
1 診察―見えるところから,診にくいところまで
2 何もなくても何かある―身体所見から始まるマインドマップ
W.ナインストーリーズ
1 梅毒―見慣れないものを見慣れたものに
[症例]
[解説]
Column 医療の犠牲となった梅毒患者
Column エムポックス(サル痘)
2 HIV感染症―みつけるのが1つめのゴール
3 淋菌感染症・クラミジア感染症―疑ったら一発診断と治療
4 ウイルス性肝炎(HAV,HBV)―既往がある人を診たら・ワクチンを勧めよう・すぐ送れ!
5 尖圭コンジローマ(HPV)―他のSTIをみつけよう
6 性器ヘルペス・性器カンジダ症―「悩み」に寄り添おう
7 アメーバ赤痢・細菌性赤痢・膣トリコモナス症
8 疥癬・ケジラミ症―高齢者からSTIまで
9 特別な配慮が必要な状況
a.免疫不全者(がん患者)への対応
b.曝露時の対応
X.ストーリーはこれでおしまい
1 「100%コンドーム」を目指そう
Column コンドームの歴史
2 ワクチン
3 スティグマはこれでおしまいに
〜見慣れない「自由な奴」を見るのは怖いんだ〜
(映画「イージー・ライダー」より)
見慣れないものに不安や恐怖を覚えるのは,医療従事者だって同じです.「見慣れない病気」は,1990年代のヒト免疫不全ウイルス/後天性免疫不全症候群(HIV/AIDS),2009年の新型インフルエンザ,そして新型コロナウイルス感染症(COVID‒19)などがあげられ,いくつかの感染症は,ヒトの身体を蝕むだけでなく,いわれのない差別により残念な形で生命を奪うことがあります.
性感染症はコモンな病気です.その一方で患者さんやパートナー,家族にまで様々なストレスという合併症をもたらします.「みたことのない病気(性感染症)」は医療を提供する側にもストレスをもたらします.性感染症は,ストレスを内包しています.
この本に寄稿してくださった15名は,私が普段から診療の相談をしている「仲間」です.彼らはきっとこの瞬間も,患者さんの話を聞き,診察をし,患者さんと共に問題の解決を模索しているかもしれません.そんな彼らの「ストーリー」がそのままこの本に詰め込まれています.
口腔や性器に所見のない,一見すると感冒や皮疹などコモンな疾患の中に潜む性感染症を診断するきっかけになればとの思いで,代表的な9つの「ストーリー」で構成しました.
何か大きな研究業績があるわけでもなく,ただ診療を続けている自分が編集者となる資格があるのか,ずいぶん悩みました.これまでの診療に関わった全ての患者さんと仲間たちへのリスペクトを具現化したものにできれば,そんなつもりでキーボードに手を置きました.
そして最初で最後になるかもしれない私の書籍のタイトルは,敬愛するJ・D・サリンジャーの「ナイン・ストーリーズ」をモチーフにしました.
どんな書籍だっていつかは灰になります.それでも読者の皆さんと性感染症に苛まれる患者さんとの「ストーリー」は,ずっとその人たちの中に残り,新たな患者さんを助けることに繋げられるかもしれません.性感染症診療の裾野が広がること,そして性感染症に苛まれる患者さんへの不当な差別のない社会(特に医療環境),そんなことを期待しています.この本が少しでも役立てば幸いです.
いくつかの病気は薬で治療できます.でも,差別は薬で治療することはできません.ずっと昔から,これからもきっとそうです.
最後に15名の著者,出会った全ての患者さん,そして,COVID‒19に振り回される中,私の乱文・拙文・偏執的な量の文章(約2/3をカット)におつきあいくださいました南江堂の米田様,松家様に感謝申し上げます.
スクラブで過ごすICU当直の夜より
東京医科大学八王子医療センター感染症科
平井由児
洒脱のなかにみるSTI患者さんへの熱い思い
平井由児先生は長年の仕事仲間であり,よき友人でもある.洒脱で,文化や食にも造詣が深く,仕事中もオフタイムもいつも軽やかにみえるのだが,(ご本人は否定するだろうが)堅牢な医学的知識と経験,そして情熱に裏打ちされているのが平井先生のすごいところである.その平井先生編集による,あたかも短編オムニバス映画のパンフレットのような『STIのナインストーリーズ:プライマリケアの性感染症』が発刊された.
本書の目的の一つはタイトルのとおり,読者がプライマリケア領域で確実に性感染症(STI)を診療できるようになること,であろう.医療の入口となるプライマリケアでは,STIをみずから疑って受診する患者さんよりも,STIを疑わずに受診した患者さんをSTIと診断するほうが困難である.本書では,まずT〜V章で総論としてさまざまな病歴や臨床像からSTIを見逃さずに診断するための具体的な方法について書かれている.とくに性的接触の形式や機会についての知識や問診のコツについては,教科書に記載されていない内容も多く含まれており,参考になる.続いて,主たるSTIが「ナインストーリーズ」としてW章で述べられる.ここでは具体的な症例をもとに,各執筆者が実践されている問診のコツや患者さんへの説明の方法が記載されており,その後に各STIに関する医学的事項がまとめられている.とくに九つ目のストーリー,すなわちがん患者さんや性暴力を受けた患者さんへの対処は,他書にはない特徴的な内容である.読者の経験値によって,まず総論に目を通してからナインストーリーズを読んでもよいし,ナインストーリーズと総論を行きつ戻りつするのもおすすめである.X章ではコンドームやワクチンなどの感染防御について詳しく述べられており,全体として実践的な内容となっている.
本書全体を貫くもう一つの目的は,平井先生がご自身で執筆された文章(T章の冒頭やX章の最後の項目)に表れている.それはSTIに関連する患者さんや医療従事者への,また患者さんや医療従事者自身が内包するスティグマの克服である.梅毒,Hansen病,ヒト免疫不全ウイルス(HIV)感染症,エムポックス,そして新型コロナウイルス感染症など,感染症は常にスティグマの対象となってきた.プライマリケアは患者さんに最も近い立場にあることから,このスティグマの克服に重要な役割を担っていると考えられ,ゆえに平井先生はサブタイトルとして「プライマリケアの性感染症」とつけたのであろう.本書を読んだ後には,自身がもつスティグマを客観的に眺め,一呼吸置いてから患者さんと接することができるであろう.
さて,本書のタイトルはJ・D・サリンジャーの短編集のタイトルからとられている.「最初で最後の著書になるかもしれない私の書籍」と平井先生が序文に書かれているが,実はすでに続編のタイトルも心に決められているそうである.本書が現時点でのSTI診療に役立つことは間違いないが,将来のアップデートにも大いに期待している.
臨床雑誌内科133巻3号(2024年3月号)より転載
評者●上原由紀(藤田医科大学感染症科 臨床教授)